2010年03月14日

公立校の逆襲/藤原和博

『公立校の逆襲』を読んだよ。官立校ではなく、公立校であるところがミソ。

リクルート出身の藤原和博氏が民間人校長として赴任した杉並区立和田中学校での仕事をエッセイ風にまとめたもの。同じ業界の人として、気になる存在だったけど、他の著書を読んで、一生懸命さが伝わってきていたよ。

藤原校長の改革をいくつか紹介。

[よのなか]科の授業はいわゆる総合学習なんだけど、「情報編集力」を身に付けるためのもの。テストで評価できるのは「情報処理力」。つまり、正解をすぐに引っ張り出せる力。これに対して、
二一世紀の日本でより大事になるのは、身に付けた知識や技術を組み合わせて人生を切り拓いていくチカラ、すなわち「情報編集力」のほうである。
といい、[よのなか]科の授業の中で、それを展開しているわけ。それを考えるとアッシなどは、いつこの「情報編集力」を身に付けたんだろ。社会人になってから?自然に?まだ、身に付いていなかったりして…。
そして、その成果が表れる。
思考のスイッチが入り、正解がただ一つではない問題に対しても、頭が働き始めるのだ。以後、それが何であろうと、自分に関わるテーマを示された瞬間から「自ら考えよう」とする態度が習慣として身に付いてくる。
そう、この「自ら考える」という態度が大切。残念ながら、大人でもそういう態度の人が少ないよね。

今の学校は生徒や保護者の多様性にどう対応するかが大きな課題。
先生の力には限度があるし、先生の本来の仕事に注力して欲しい。では、どうするか。地域を巻き込むということ。学校の中に地域本部を立ち上げ、地域の人、学生ボランティア、PTA、卒業生などが学校と関わっていく活動の場とする。
そう、公立校の強みを生かして、「私立を超えた公立校」だと藤原氏。そして、それは、お上からのお達し以上のことを行うことで、真の「公立校」となる。それは「地域校」とも言えるわけ。

藤原校長の取り組みは、日本の江戸時代の寺子屋とか、古代ギリシャで学問が行われたアカデミアに近いよね。学びたい人たち、教えたい人たちが集まる場所。学校の理想って、そういう所なんだろうなぁ〜。
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2010年03月13日

目立つ力/勝間和代

『目立つ力』を読んだよ。完全にタイトル負けの内容…。

勝間和代がまた売れている。お気軽に読めるのでついつい手が出てしまうのは不思議なんだけど、読んだ後に後悔するのもいつものこと。
やっぱりキャッチーなタイトルが功を奏しているんだろうね。そのタイルともさることながら、「インターネットで人生を変える方法」というサブタイトルもよく考えられているのかも。

でも、はっきり言って、本書の内容はブログの解説。企画から開設、運営の方法までを丁寧に説明しているよ。確かに、コンセプトを考えろとか、どう表現するかとか、などは技術的な話ではないから、あまりその点を説明するブログ解説書はないかもしれないね。
目的的には、ブログを活用して、人間の幅を広げていこう、1の力を10まで拡大しようとかそういうことだから。

では、勝間氏はブログをどのように考えているのか。
「ブログを作ること」が、そのまま、「思考すること」につながるからです。
ということ。自分の思考を整理し、可視化したのがブログだと言い、それにより思考の力が付くのだと。日記だと自分しか見られない。公開することで他人からの読まれることで、さらに力が磨かれるのだと。

ブログの「戦略を考える」ステップでは、5つの戦略が紹介されているけれども、結局はその戦略はブログだけに限らないことが分かる。この戦略的思考の癖をつけておくことは、一般のビジネスにもよい影響を与えると筆者。
確かに、ブログとかウェブサイトの構想は、ビジネスの練習問題として最適かもしれないね。タダでできる練習だし。

「表現する」ステップでは、こんなことが書いてある。
ブログで最も重要な価値観は「共感」です。すなわち、相手の心にスイッチが入らなくてはいけないのです。共感性が強い文章、すなわち、「わかる、わかる、私もそうだった」というものが、読者の琴線に触れます。
そう、ブログを読むなんて、ホントに自分の興味のあるものしか読まないよね。共感できれば、なおさら読む気になるのは分かるような気がする。文学作品じゃあるまいし、ネットでじっくり芸術鑑賞なんて難しいからね。

最終章で、勝間氏と小飼弾氏、青山直美氏でαブロガー対談。アッシはαブロガーの意味がよく分かっていないんだけど、対談を読むと、とにかくブログで人生を変えた人なのかも。
その中で、小飼氏のこの発言。
新しいことを始めるのは、ぐれている人たちからのほうが始めやすい(笑)。始める動機もありますし、時間もある。
と。青山氏は、「1995年頃にホームページを作っていた人たちって、電機連合(日立やソニー)で本業の不満を抱えている人たちが多かったと思える。」とも言う。
うん、これには納得。不満が無ければ、何もする必要が無いわけで、不満があるから何かをやろうという力になる。
う〜む。新しいことを始めたいという気持ちは大いにあるんだけど、時間がないのが問題だなぁ〜。時間は作るものだと言われそうだけど…。
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2010年03月11日

哲学的な何か、あと数学とか/飲茶

『哲学的な何か、あと数学とか』を読んだよ。数学の問題を解く時のワクワク感を再び。

図書館に行くと必ず立ち寄るのが、自然科学の書棚。科学一般から始まって、数学、物理、化学、生物とざっと回る。ある日、数学のコーナーで「哲学」という文字も見つけて、ふと手にしたのが本書。かろうじて数学という文字を含んでいるけれども、タイトル的にはおまけっぽい。
でも、中をパラパラとめくってみると、書かれている内容は「フェルマーの最終定理」。お〜、あの「フェルマーの最終定理」がもう一度読めるというワクワク感でいっぱいになったアッシ。

さて、本書。
基本的にはサイモン・シンの『フェルマーの最終定理』と同様なストーリー。数学史に基づいた史実だからね。
ちょっとした脚色として、数学の未解決問題を「悪魔」に見立てたこと。それは、
そいつは、人々の好奇心を刺激し、学問の発展を担う一方で、しばしば、人々を魅了し狂わせ、数多くの人間の人生を飲み込んできた。フェルマーの最終定理は、そのなかで、もっとも恐ろしく強大な力を持つ悪魔である。
と表現する。そして、悪魔は容赦しない。解けそうで解けないフェルマーの最終定理。解けそうになると、次から次へと難問を振りかざし、人々の行く手を遮る。それなのに、一生を掛けて、この難問に取り組む数学者がいる。人生の最後までこの悪魔と闘って、死んでいく。

悪魔と闘う数学者たちにさらに水を浴びせかけたのが、「ゲーデルの不完全性定理」。それは、
数学者たちは、「もしかしたら、今使っている数学体系は、明日、矛盾が見つかって崩壊するかもしれない」というリスクを常に背負いながら、数学を続けなければならないのである。
という結果をもたらす。これは「フェルマーの最終定理」は、「どんなに頑張っても解けない問題かもしれない。」と同意なわけ。挑戦する気が萎えるし、誰もそれに挑戦するのを薦めない。

そして、本書の中で最大のワクワク感は、ゲルハルト・フライが「谷山=志村予想」と「フェルマーの最終定理」がつなげることを説明した瞬間に最高潮になる。スッキリと美しい論理展開、驚愕の結論。わずか数ページだけど、一気に読み切り、アッシまでも達成感を感じる瞬間。

最後の登場は、ワイルズ。
のちにワイルズは、「谷山=志村予想の証明がフェルマーの最終定理につながるというリベットの証明を聞いたとき、風景が変わった」という言葉を残している。
そう、もやもやの中に生きていた人生が一瞬で希望が持てる人生に変わった瞬間だったのかもしれないね。それでも、8年間も考え続ける必要があったんだから…。

「フェルマーの最終定理」という悪魔は倒れたけれども、数学の世界にはまだまだ悪魔が住むという。それでも、悪魔に魅了される数学者たち。またいつか、そんな彼らの冒険譚が読めることにアッシは魅了されています〜。
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2010年03月07日

バカヤロー経済学/竹内薫

『バカヤロー経済学』を読んだよ。日本の政治にバカヤローって言いたい。

サイエンス・ライターの竹内薫氏が小学生になったつもりで、某経済学者(本書では“先生”という名で登場)からゼロから経済学を学ぶ本。
ただ、小学生にはかなり高度な内容だし、発刊当時の政治の裏側まで、ある程度社会情勢を知っていることを前提条件に、その理論的・政治的な意味を勉強するといった感じ。

まずはガイダンス。いきなりNo Free Lunchというキーワードが登場。直訳すると「ただ飯(昼食)はない」。世の中にそんなおいしい話はないことをし、自覚すべし。十分分かっているはずなんだけど、どうもふとした隙に抜け落ちる人が多いみたい。
もうひとつのキーワードはインセンティブ。こちらの方が経済学的な意味合いは強いよね。本書に登場する経済活動をインセンティブの視点から見ると理解しやすいし。

さて、経済学の基礎。
まずは「合成の誤謬」。
節約っていうのは、家計の中では正しい。でも全員がそれをやったら、経済活動が活発化しない。<中略>だからこそ景気というのは、守りを重視する家計よりも攻めを重視する企業に頼ったほうが、効果が期待できるんですよ。
つい、自分だけの立場を考えるとミクロ経済重視になるよなぁ〜。でも、民主党はこれで政権を獲得したような気がするんだけど。

消費税の仕組みも分かりやすく解説。取り引き上で前の人の売り上げがきちんとわかるような賢い仕組みになっていて、ウソの申告ができないようになっているんだね。人の税金にかこつけてウソをつくと、流通のシステムから排除されてしまうっていうわけ。互いに監視役になるという巧妙なシステム…。

“先生”は年金問題にも切り込む。
竹内氏が、年金のような社会保険料と税金の違うを問う。確かに同じようなものに思えるけど。先生は、アメリカの例を上げて、結局は税金とあまり変わらないものだと回答。
本当は税務署が取ればいいんだよね。アメリカじゃ、社会保険料を払わないと税務署に財産没収されるんですよ。国税の徴収法とまったく同じ考え方なんです。
同じような仕事なんだから、同じ役所がやればいい。まったくシンプルで合理的。でも、日本ではそれができない。社会保険庁の職員だけでなく、厚生労働省が反対する。天下り先がなくなるから…。役人天国、ニッポン。

最後は政治の話。政治主導の話は、民主党から始まったような印象だけど、実は安倍首相の時から始まっていたと。でも、官僚を叩いていたら、社会保険庁の年金記録の杜撰さを暴露するという自爆テロ。結局、政治家が責任を取らされた格好だったのか…。小泉さんの郵政改革は選挙で民意を問うという形でうまくいったけど、安倍さんのときに逆襲されたのかもね。

民主党政権が発足して半年以上経つけれども、結局何も変わっていないような。日本の政治家、官僚の体質はそうそう変わるものではないのだろうね。本書に書いてあるけど、いっそ大連立を実現して、そこからもう一度分かれた方がいいのかも。あ〜、それでも官僚は変わらないか…。政治、官僚、税金、金融、財政etc、世の中の複雑な仕組み、いったい誰が全てを理解しているんだろうなぁ〜。
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2010年03月06日

偽善エネルギー/武田邦彦

『偽善エネルギー』を読んだよ。エネルギー無くして生きられない人類。

ご存知、武田邦彦先生の「偽善」シリーズ?第2弾。前作はエコをテーマにどちらかというと生活一般の話題が中心だったけど、今回はずばりエネルギー問題。
スーパーのレジ袋を削減しても、割り箸をやめてマイ箸にしても、電気をこまめに消しても、世界中が使うエネルギーに比べたら、微々たるもの。だから、エコを語るよりエネルギーを語るべしという本書の趣旨はよ〜くわかる。

第1章は現状のエネルギー状況を整理する。
まずは石油の問題。筆者の見解としては、完全に無くなることはないだろうと。これには、需要と供給の経済学的政治的な視点もあるんだけど。つまりは、たくさんあると言えば安くたたかれ、足りないと言えば価格が高騰し売れなくなる。結局、売る側からしたら、あるともないとも言わない方がいいってことになるわけ。
科学的には、「使いやすい石油」は使われていくけれども、「使いにくい石油」をどう使いこなしていくかという問題も。こういう技術的な課題って、将来的には解決されていくんだろうけれど。

第2章は食糧と温暖化の問題。特に食糧と石油との密接な関係が面白いよ。
世界の穀類の作付面積が約40年前から増減がなく、それなのに穀類の生産高は2.5倍になっている。これは何を意味するのか。
原因は、石油を何倍も使って農業をしてきたからです。たとえば、日本でお米を作るときの石油の消費量は約5倍になっています。トラクターを動かし、農薬を撒き、そして化学肥料を使うようになったからに他なりません。環境運動家の中には、農薬や化学肥料を使わない方がよいと言う人もいます。確かにその通りですが、もし農薬や化学肥料を使わずに今まできたら、世界で相当の人が餓死したことが予想されます。
これは何を意味するか。そう、石油が無くなると餓死する。日本の穀類自給率は25%だから…。

第3章は日本のエネルギー問題。石炭が復活する可能性なども示唆しているのは新たな視点。そう、石油より石炭の方がまだまだあるみたい。あと、「使いにくい石油」をいかに使いやすくしていくかという点も。
もうひとつは原子力発電。チェルノブイリのようなボロボロの原発は使わず、「軽水炉」を使えば安全であり、さらには石油、石炭を焚く火力発電所よりも安全であると。『原発を考える50話』とはニュアンスが違うような…。さらには原発の問題は人災であるとし、「秘密主義」と「専門主義」を問題にしているよ。あと耐震の問題も大きいかも。これも人災なんだけど。

結局、「エントロピー増大の原理」がある限り、そして、人間の向上心がある限り(まさに本能なんだろうけど。脳科学者に言わせると脳の喜びがある限り)、エネルギーが減ることはないんだろうね。本書に書いてあるけれども、戦前の生活に戻ることなんて、誰も嫌だろうから。
地球の歴史を考えたら、人間のインパクトなんてごくちっぽけなもの。やっぱり、そこに結論が落ち着くなぁ〜。
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star海水の熱容量は大きい
starそれでも、本書を評価します
star読み物としては面白いけど・・・

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2010年02月27日

遠野物語へようこそ/三浦佑之,赤坂憲雄

『遠野物語へようこそ』を読んだよ。民俗学の世界にようこそ。

『遠野物語』。筆者の柳田国男と共に、子供の頃から名前は聞いていたけど、その内容については、ほとんど知らず。遠野という地名も多分東北方面だろうと予測をつけるだけで、実際の地理的位置も知らず。
そんな訳で、なんとなく気になり続けていた『遠野物語』だったけど、ついにちくまプリマー新書から本書が発刊されて、すぐに読んでみようとなったわけ。

本書の全体的な構成としては、「はじめに」で『遠野物語』の成り立ちと作者の柳田国男についての解説。それ以降は、『遠野物語』に出てくる話をピックアップして解説するという感じ。各章の冒頭には原文が載っていて、多少言葉が古いから読みにくい感じはするけれども、解読不能ではないよ。よく読んでみると素朴で味わいのある日本語って感じもするし。

明治時代、農商務省の官僚だった柳田国男は明治41年ごろから民俗学へ傾倒していく。そのきっかけとなったのが、九州への視察。そこでは、それまで机上で学んできた農政学の知識や、官僚として策定する農業政策だけでは掌握しきれないさまざまな問題を見出したのだと。
たとえば、天草での習俗を見聞し、それが「今日の如き極めて新しい文明社会を風俗として併存している状態」は、単純な法則だけで社会の行動を考えようとする「書生の想像には及ばない所」だと述べています。
そう、脳で考えるのは脳の範囲でしか考えが及ばずってこと。まさに「バカの壁」がここにも。

さて、『遠野物語』に登場する話には色々なものがあるけれども、例えば「神隠し」。
たとえ、ただひとりのまな娘を失った淋しさは忍びがたくとも、同時に、それによって「家の貴さ、血の清さ」を証明できたばかりか、「眷属郷党(地縁、血縁の深い一族)の信仰」と統一することができたのではないか、それが神隠しではなかったのか、と。
本書の筆者は、それを「家や村という共同体のアイデンティティを維持・更新してゆくための、たとえば語りの仕掛けであったのかもしれません。」と言っているよ。うん、家族の失踪を世間に晒さないために物語を作ったとすれば、それはひとつの手法だよね。

さらに「棄老伝説」も。いわゆる「姥捨山」。ただ、『遠野物語』の姥捨ては、普通に語られる姥捨てとはちょっと違うよ。姥捨山は里の近くにあり、老人たちは昼間は里に降りてきて、畑仕事にせいを出したりする、と。ちょっと、イメージが違うよね。でも、これが現実の姥捨てなのかも。
『遠野物語』から百年の歳月を経て、わたしたちはみな、老いや死から真空パックのように隔離されて、生きることの意味を忘却しているのかもしれません。老いも死も日常から遠ざけられ、リアルに感じることができずにいます。死者たちは、魂は、行き場もなく彷徨しています。この時代が、『遠野物語』の時代よりも幸福である、とためらわず断言できる者が、いったい、どれだけいることでしょうか。
そう、老いも死も現実なのに。それをただ覆い隠すだけの現代。なぜ、それを真正面から見つめようとしないのか…。ただ、アッシ自身だって、中高年になって、現実として目の当たりにせざるを得ない歳だから、こんな文章に反応するようになったのかもしれないね。
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2010年02月24日

下流社会/三浦展

『下流社会』を読んだよ。タイトルもサブタイトルも大げさすぎて期待外れ。

2005年に初版だから、かれこれ5年ほど前のベストセラーだったと思う。「下流」というキーワードに惹かれて、しばらくの間、チェックしていたもの。
筆者の三浦展氏はもともとはマーケティングの人。マーケティングの手法はいいんだろうけれども、そこから出てくる結論がそれほど驚くべきほどのことでもなく、マーケティング素人のアッシでもだいたい想像できること。
著作を見ていて気がついたんだけど、『下流大学が日本を滅ぼす!』も三浦氏の著作。こちらも内容の薄い本だったような。

さて、本書。
分析としては、人々の階層意識を世代別にセグメントし、これからの日本人がどういう方向に向かうのかを考えるという感じ。
世代のひとつとして新人類世代があるんだけど、その生年がアッシとドンピシャリ。アッシ的感覚だと新人類とはアッシの世代よりさらに10年以上若い世代だと思っていたんだけど…。
ただ、この世代分類を見ていると、昭和ヒトケタ、団塊世代、新人類、団塊ジュニアときれいに15年毎に分類されているような。つまりは、昭和ヒトケタの子どもが新人類で大海世代の子どもが団塊ジュニアとなって、それぞれが対比されるみたいな…。

で、延々とデータの提示とその説明が続く。あくまで、説明であり、分析とか解説までは行かない感じ。

ときどき登場するキーワードが「自分らしさ」。階層意識が「下」だと判断する非正規雇用の若者ほど、「自分らしさ志向」だと筆者。
もしその不安定で不満の多い選択が自分らしさと引き替えになされているとしたら、われわれは、過去30年以上にわたって社会の主流的な価値観となった「自分らしさ」という、まるで青い鳥のような観念を、一体今後どのように取り扱うべきなのか。そして、すでにその青い鳥の虜になった団塊ジュニア世代以降の若者にどう対処すべきなのか。われわれは今、そうした問題を突きつけられている。
そう、青い鳥を追い求めることに、どういう意味があるのか若者たちは理解していないんだろうね。「自分探し」などと言って、旅に出る若者がいるけれども、やっぱり働いてみないと働きたいことなんて分からないんだよ…と新人類のオッサンは思うわな。

同じような意味合いで、こんな記述も。
しかし「バカの壁」は知らぬ間に築かれる。そして築かれても、その存在に誰も気がつかず、壁の中の快適さに耽溺する危険がある。「バカの壁」はまた「下流の壁」でもあるかも知れないのだ。
と。そう、この表現はすごくイメージが湧くよね。

さて、アッシとしては内田樹氏の『下流志向』風の内容をイメージしていたんだけれども、それほど深く分析や考察が行われているわけでもなく、「おわりに」では解決策風も書かれているけれども、アッシ的には納得できず。
続編が出ているようで、読むか否かちょっと思案中です〜。
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2010年02月21日

脳と日本人/松岡正剛,茂木健一郎

『脳と日本人』を読んだよ。小難しい日本人文化論。

茂木さんと松岡正剛氏の対談集。タイトルには「脳」とあるけれども、それほど脳科学が出てくるわけでもなく、どちらかというと「日本人論」。「脳」の話は、茂木さんの話の中で、心脳問題とかクオリアとか出てくる程度。

全体的に小難しい会話が延々と展開されるんだけど、アッシが理解できた会話をいくつか紹介。

まずは松岡氏の発言。茂木さんが現代科学の見通しの悪さについて語った回答として、こう答える。
物理法則にする前に、世界観が必要なんですよ。
例として、プランクが量子の法則について気が付いたときに、プランクは「それをどのような世界観にするかというほうが難問だったし、ずっと重要だ」と語ったという例をあげる。そう、世界観がないと、見通しの悪さを突き抜けることができないんだよね。

さらに、茂木さんがアカデミシャンという言葉の含意について、
たんに文献学、ないしは学問の業績を文脈に当てはめるというある種の訓練を受けているにすぎない。そして、トレーニングに従い、そのルールに従ってやっているだけの話なのですね。
と言い、アカデミシャンの自己批判の視点のなさに苛立ちを隠さない。そして、松岡氏をアカデミシャンではなく、スタンド・アローンである言う。それに対し、松岡氏。
まあ、ぼくもそうかもしれないけど、あなたも、そして八百屋さんや職人さんたちもみんなスタンド・アローンといえるのではないでしょうかね。
と語る。阿部謹也先生の「学問とは何か」に繋がる結論が導かれているよね。

一神教と多神教の違いについての見解も面白い。
砂漠のような過酷な環境条件で生きていくのは、ちょっとした判断ミスで命取りになる。だから、絶対唯一的なリーダーが決めてくれ、それでだめなら死んでもいいということになる。日本の環境は二者択一を迫られる状況ではない。環境がまちまちだから、衆議になる。意思決定に時間がかかる。ゆっくり思考する。必要なぶんだけ待つ。時間が止まる。座禅も生まれる。茂木さんは、
人間の思考というものは、自然環境の果実という側面がある。
とまとめているよ。

茂木さんと松岡氏の意見の対立もところどころに出てくるよ。
茂木さんは科学者として普遍性の追及は完全に捨て切れない。それに対し、松岡氏はそんなことはどうでもよいのではという立場。対談だから、喧嘩にはならないけど、実際の会話はどうだったんだろうと想像する。

読後感としては、結局なんだったんだという印象。何が言いたかったのか、何を話していたのか、記憶にない…。アッシの頭の悪さゆえなのか。それにしても、ちょっとテーマが絞りきりれていないからなのではないか。そんな感じ。
でも、那須の森の写真がところどころに挿入され、そういう意味で小難しい話の合間にリゾート気分に浸れるのはちょっとホッとしました〜。
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2010年02月16日

怒る技術/中島義道

『怒る技術』を読んだよ。いつの間にか怒らない人になっちまった…。

まずはタイトルが刺激的。怒ることに技術が必要なのかとも思うけど、アッシ自身、怒ることが少ないし、周りにも怒る人が少ないような…。特に日本人は怒る人が少ないかも。
だから逆に、いざ怒る段になって、怒り方が分からない…なんてことになる。そこで、中島先生の怒る技術のご指南になるわけ。

まずは、「怒りを感じること」。そう、怒らない人は、怒りを感じでもすぐにそれを放棄してしまう。不快感にしてもそう。その不快感を丹念に追求して、怒りにまで育てるべきであると筆者。さらに究極の提言。
ひとからひどい目に遭ったら、「しかたない」とか「まあいいや」と思うことをやめること。そして、自分の中にうごめく不快感から身を振りほどいて脱出しようとせずに、そこになるべく長く留まるようにすること。
これも難しい技術だけど。

次は、「怒りを育てる技術」。
すべての怒りは絶対的に正しくないのであるから、怒る技術を身につけて(相対的に)正しく怒るように努力すべきではないかと。すべてが相対的。
ここにも相対性理論が…。

「怒りを表現する技術」では、『忠臣蔵』が例示に。
『忠臣蔵』に人気があるのは、怒りを表現することが困難であった時代に、二つの対極的な仕方でそれを実行したからだと思います。
と。
浅野内匠頭の短絡的に発散させる怒りと「生き生きとした怒り」を保持しながら、その効果的放出の機会を待ちつづけた赤穂の浪士たち。
う〜む、『忠臣蔵』の人気は、怒れない現代人が怒れる人たちに憧れるという構図のような気もするけど。

さらに「相手に怒りを伝える技術」、「相手の怒りを受け止める技術」と続き、最後が何故か「怒らない技術」の指南。人生が不条理であることを10歳のころから骨身に沁みて感じているという筆者。
他人が思いどおりにならないことは、太古の昔から変わることはない。自分が正しいと確信して何ごとかを説得しようとすればするほど、他人は嫌がる。そして、人間は(私を含めて)自分が現に経験しないことはほとんどわからないほどのバカなのです。他人の苦しみがほとんどわからないほどアホなのです。
と。そう、ここにもバカの壁。

怒ることは技術であることがよ〜く分かったよ。技術とは訓練。筆者も何十年も掛かって、この技術を修得したということだから、アッシもこれから訓練すべきだよなぁ〜。そうじゃなくちゃ、残りの人生、つまらないことになるかもしれないなぁ〜。
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2010年02月13日

森の不思議/神山恵三

『森の不思議』を読んだよ。森林浴の発祥本。

1983年が初版の岩波新書(黄版)だから、そうちょうどアッシが社会人になった頃と前後する。そう、もうかれこれ20年以上前になるけど、職場でこの本が話題になったことがあったよ。その当時としては「森林浴」とか「フィトンチッド」なんていう言葉は新しかったからね。
そして、アッシも森が好き。山が好きという部類だから、余計にこの本が気になっていたわけ。なぜ、読まなかったかというと、そういう古い本をどこで入手するかという問題と、「フィトンチッド」などの言葉が出てくると化学的な解説が多いのかと思っていたから。
でも、実際に職場の図書館で手にとってみると、あっさりそれらの問題は解決。後者の問題はまったく無く、どちらかというと森にまつわるエッセイという感じ。

実際にはこんな感じ。
例えば、マウスの飼育箱にエンピツジャクシンという木の鉋くずを敷きわらにつかうとマウスに対する睡眠薬の効き方がだいぶ違うという実験。睡眠時間が短くなるのだという。さらに、肝臓のおける活性酵素も高まるとか。
エンピツジャクシンといえば、鉛筆の木である。鉛筆を削るときにぷうんと香る、あの香りはおもにテルペン類の香りである。つまり、木から発散される香りが、睡眠薬を“解毒”する効果を持っていたのである。
そう、鉛筆を削った後の香り。テルペンというのはフィトンチッドの一種というか主成分。あの匂い、懐かしいなぁ〜。好きだったなぁ〜。

そして、植物と人間との関係についても含蓄のある言葉。
植物は微生物から身を守るべく、フィトンチッドを作り上げてきた。だが、幸いなことにフィトンチッドは、微生物には害を及ぼすけれども、人間に及ぼすことはない。むしろ逆に、人間は薬物としてそれを利用してきたし、森の中で森林療法をやったり、森林学校で青少年の心身をきたえたりしている。反面、森を壊滅したり、植物を死滅させたりしている人間もいるのだけれども。
それなのに、人間に害を与えるフィトンチッドは発散されていない。
筆者は、人間に害を与えるフィトンチッドを、植物がやがていつかは発散するのであろうかという疑問を一旦は示すが、人間の知恵はそれをはるかに上回り、やがて人間はそれを薬物に換えてしまうであろうという。トリカブトの毒のように。

最後は歴史や宗教との関係。
筆者は、日本の山岳宗教は、そこに生えている樹木と切り離しては存在し得なかったし、それあるが故に、今日まで長く受け継がれてきたのではないかと思うようになったという。
シルクロードの地で栄えた仏教が緑を失い砂に埋もれてしまい、ついには、その宗教も地上から姿を消したことを対比する。これも歴史が証明する森林のひとつの効用なのであると。

何度も出てくる言葉が「馥郁たる森の香り」。「馥郁たる」なんて最近は使わない言葉だよね。そう、子供の頃は、鉋くずの香りが自宅では嗅げた。アッシ的には父親の匂いかも。
最近、山に行っても、そういう気持ちで山の匂いを聞くことがなかったかも。そう、聞香。じっくりと森の香りと対峙してみようかなぁ〜。
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posted by りすじぃ at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 60産業