2008年12月01日

日本を教育した人々

『日本を教育した人々』を読んだよ。頭がよい人は生き方が違う…。

以前、齋藤孝氏と梅田望夫氏の対談集は読んだけど、齋藤氏の単独本は初めて。

さて、本書。
幕末から明治に掛けての日本の近代化にあたって、政治的に活躍した人は多いけど、教育の視点から活躍した人は誰?っていうとすぐには思い浮かばないかも。
そんな視点から、4人の人物に注目し、日本の基盤をどのように作っていったかを紹介した本。ここで、「作る」とは「教育する」と読み替えてもよいよ。

まず一人目は、吉田松陰。松蔭は人柄としては落ち着いた人物であったと。その松蔭が孟子のテキストを読んで興奮し、熱く語るという。このように、書物を読むことで興奮することができるのが「教育する人」のひとつの素養であるのではないかと筆者。
読んでみたらわかるが、「孟子」はそれほど興奮するような本ではない。しかし、一見地味に思える本当に優れたテキストを見つけてきて、それがいかにすばらしいかを、自らの素直な心の動きや感動を交えて語ることができるのが、人を教育する人である。
そう言われて思い出した。高校の時、数学IIIで三角関数の微分積分を習った。その時の教員曰く、「おまえらよぉ〜、文系のやつらは三角関数の微分積分を知らないで、死んでいくんだぞ〜。悲しいじゃないか。お前ら、幸せ者なんだから、しっかり勉強しろよぉ〜。」。
ちょっと観点が違うか…。

二人目は福沢諭吉。有名どころは勿論『学問のススメ』。じゃ、その学問って何か?「学び続ける態度を教える教育」がそれではないかと筆者。「学問を活用し、それを支えとして生きていくのだ」ということを身をもって示してきたということだとも。
そうだ。学ぶとは生きることなんだったよね。それは経済的な為では決してない。阿部謹也先生も同じことを言っていたような。

三人目は夏目漱石。漱石は、これから日本人はいったいどうあるべきかを考えたという。それをどう表現したかというと、小説により「悩み方の教育」を施したのであると。これが、漱石ならでは教育スタイルであると。

四人目は司馬遼太郎。名前は聞いたことがあったけど、どんな人物でどんな作品があるのか知らなかったから、興味深く拝読。
司馬の作品は幕末から明治に掛けての時代が多い。それは、閉じていってしまう時代より、拡がっていく、希望にあふれた時代を書きたいという気持ちがあったからだと。そして、「昭和は精神に悪い」とも言ったと。希望にあふれた時代とは、司馬的にはまさに明治であったのだろうね。そして、『「明治」という国家』という本の中で、「明治という国家を、立体とひとつの物としてここに置いて考えてみたい」と述べているという。
ひとつの時代をひとつの国家として捉える視点。それをまたひとつの立体として捉える視点。やっぱり頭のいい人の視点は違うと思う。

さて、以上の4人に共通すること。
日本人がこれから生きていくのに、諸外国に翻弄されず、且つ自身をしっかり持つために、どうしたらよいかを教えてきたんだと思う。それがすぐに頭の中でイメージできたからなんだよね。頭がよいっていうのはそういうことなんだろうね。
あ〜、アッシは相変わらず何にもイメージが湧かないなぁ〜。
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日本を教育した人々 (ちくま新書)齋藤 孝

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2008年11月25日

無思想の発見

『無思想の発見』を読んだよ。無思想という思想が意外にも凄い思想だった…。

養老先生の本は何冊目だろう。その中でも、硬派の部類に入る本書。日本人の考える思想について淡々と語る感じが、今までにはないかも。ラストの盛り上がりは、いつものようにエキサイトした感じが出ていて、良かったけど。

まずはいきなり世間論。個人なんてなくて、最小単位が世間であると。いきなり、阿部謹也先生風。嬉しいね。だから、自分探しとか流行っているけど、そんなものは無駄。探したってありゃしない。
人が世間のなかで生きるしかないことを考えたら、「他人が見る自分は本当の自分じゃない」で通るわけがないことは、すぐにわかるはずである。むしろ「他人が見る自分こそが自分だ」とすら、いえるかもしれない。
そう、そうやって自分とは創るものなんだと。概念世界より感覚世界を重視せよとも云う。

そして、思想の話。無思想は非常に便利な思想みたい。無思想だから、「自然にそうなった。俺のせいじゃない。」と言いながら、自然になってしまったものに従うという思想。まさに無思想を思想にするわけ。これは面白過ぎるね。
そして、この思想は省エネ思想だという。
「思想なんかない」。そう思っていれば、臨機応変、必要なときに必要な手が打てる。たとえ昨日まで鬼畜米英、一億玉砕であっても、今日からは民主主義、反米なんか非国民、マッカーサー万歳で行ける。
あ〜、無思想というより、なんと無節操…。
そして、どうなるか。「やむなきに至り」となる。現実が思想を圧倒するのだと。
そんな思想はいくら現実に圧倒されてもかまわない。その裏にこそ、真の不倒の思想があるからである。
それが、
「思想なんてない」
という思想である。
と、ちょっと皮肉っぽいし、やっぱり養老先生はニヒルだ。

そして、この無思想は、日本人の特質に現れているとも。例えば、形を重んじること。思想がないから。そう、形は理屈じゃないなんて、日本人なら思うよね。形=現実だとすれば、やっぱり現実は思想を圧倒するわけだ。

と、こんな感じで、無思想の考察が続くわけ。無思想とは数字のゼロと同じだとか、エントロピーに例えたり、人が情報化したことで概念世界が発達した話とか、後半はかなり理系っぽいよ。

最後に養老先生の言葉。「自分が変われば、世界が変わる。」と。こ〜考えると、退屈なんてありゃしないんだよね。
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2008年11月19日

茂木健一郎科学のクオリア

『茂木健一郎科学のクオリア』を読んだよ。茂木健一郎版「爆問学問」のよう。

脳科学者・茂木健一郎氏が日本の科学者たちと対談する本。何故か作家もいるけど。対談する科学者は、立命館大・北岡明佳氏、青山学院大・福岡伸一氏、東京大・西成活裕氏、京都大・遠藤秀紀氏、広島大・長沼毅氏など、以前にNHKの「爆問学問」に登場した先生方が全体の半数ほど。「爆問学問」は欠かさず見ているから、懐かしいような、さらなる話が聞けそうで楽しみなような。
爆笑問題のようなアヤシイ突っ込みはないだろうけど。

さて、対談での会話で面白いと思ったところを幾つか紹介。

いきなり作家だけど、小川洋子氏。当然『博士が愛した数式』の話題から。そこで、数学と小説の共通点について、語り合う。両者ともぼんやりしたイメージがあって、それを具体化していく作業だと。最終的にはどの要素が掛けても成立しないものを作り上げていくと。
雑誌「Newton」の最新号(2008年12月号)でも特集している虚数について、小川氏。
数学の世界に虚数が現れたときに、みんながすごい戸惑ったんだけれども、でも虚数の存在をみんなが受け入れていく。あの過程は面白いですね。ゼロもそうですね。ないものを受け入れて、そこに矛盾が生じないということが不思議です。
そう、虚数の存在は確かに不思議だけれど、受け入れてみるとそこには美しい世界が広がっている。あ〜、魅惑の虚数…。

福岡伸一氏との対談。そのあとがきで、茂木氏は昨今の日本人は「わかりやすさ」の病に罹っているように見えるという。すべては仮説に過ぎないのにそれが絶対的な真理のように語られることが多いし。その中で、アインシュタインに対する次の言葉。
ニュートン力学は絶対的なもののように思われていたが、アインシュタインという一人の若き革命家によって書き換えられた。その適用限界を知ることも科学の大切な一側面だとすれば、ニュートン力学を本当の意味で理解した最初の人はアインシュタインだったといってもよい。
なるほど、そうか。それ以前の人たちは、適用限界すら見えていなかったのだからね。

最後は観測的宇宙論の須藤靖氏。須藤氏のあとがきがすっきりしていて分かりやすいよ。人間原理という考え方。要は宇宙は一つではなくたくさんあるのだと。その中で生命を生み出す特別な条件をたまたま満たす「宇宙」だけに人間が存在するのだと。だから、人間が存在しない宇宙の方が自然なのだと。
面白いよね。多宇宙という考え方は初めて聞いたよ。そう考えるか〜て感じ。

やっぱり科学は楽しい。夢があるよね。ワクワク感というか。アッシのこのブログも「40自然科学」カテゴリがダントツ1位だよね。
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2008年11月15日

さまよえる湖

『さまよえる湖』を読んだよ。どこの国にも冒険野郎はいるもんだ。

スエーデンの地理学者・ヘディンが1934年にタクラマカン砂漠のロプ・ノールという湖の周辺を探検する紀行記。椎名誠の『「十五少年漂流記」への旅』で紹介されていたので、ちょっと興味が湧いたわけ。

上巻では、カヌーを使ってクム・ダリアという川を下り、ロプ・ノールに達するまでの話。カヌー旅の始まりはクム・ダリア上流のコンチェ・ダリアという川から。水量が豊かでカヌーの旅は順調のよう。途中、徳門堡というところで川の主たる流れはクム・ダリアに移る。コンチェ・ダリアは干上がっている。先人たちは、ここにダムを築き、川の流れを変えようとする努力をしたようだが、結局、自然の流れには逆らえない。本書の最後に分かるんだけど、ここが「さまよえる湖」解明のポイントだったとは…。

ヘディンは、水量が減ったクム・ダリアを苦労しながら進み、ロプ・ノールに辿り着く。そこで、楼蘭という古代都市の遺跡も発見する。
楼蘭…。名前は聞いたことがあったけど、実際にはこんな場所にあったとは…。そして、シルクロードの要衝がいまは砂漠の中に埋もれているという現実。歴史の不思議、地球の不思議をこの楼蘭が一手に引き受けているような気もするなぁ〜。

さて、下巻では、自動車を使って、中国側からロプ・ノールにアプローチする。残念ながら、ロプ・ノールまでは辿り着かないけれども、砂漠を自動車で進むことの難しさ、そして、かつてのシルクロード発見の難しさを苦労が綴られる。

そして、本書の最後。なぜ、ロプ・ノールは彷徨えるのか。地球の生きざまというか、まさに自然の摂理に沿った動きをしていたのだろうね。水は低い方向へ流れる…その原則を忠実に守っただけなんだろうけど。

全体的に、訳が良かったと思う。適切な日本語と意訳がよいよ。日本人にとって、イメージが湧く意訳という感じでした。
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2008年11月01日

解剖学個人授業

『解剖学個人授業』を読んだよ。解剖はやっぱり怖い…。

南伸坊氏の個人授業。アッシ的にはシリーズ2冊目。例によって、養老先生の講義を聞いて、南氏がノートにまとめる。そのノートには、養老先生の言葉がそのまま入ったり、南氏のコメントとか考えが綴られたり。

さて、講義は解剖学って何?から始まる。そう、人体を解剖して、中身を調べてしまえば終わりなのに…って普通の人は思うかも。いや、アッシも含めて。でも、南氏の講義ノートでは、解剖学は「おもしろ主義」だと。知りたいんだからしょうがない。人間の性だね。

次いで、解剖学の歴史。山脇東洋が日本で最初に解剖した人物。それ以前には、萩生徂徠や二宮尊徳の話も。この二人は自然と人間を区別する考えを持っていたと。これは日本の自然科学分野の推進の基盤となったとか。尊徳ってそういう人だったんだぁ〜。薪を背負ってただけじゃない…。

耳小骨の話も面白い。元々は顎にあった骨なんだけど、進化の過程(哺乳類になる段階)で、顎から外して耳の中に入れたとか。だから、人間の顎の骨は外れやすい。進化的にまだ新しくて、出来が悪いのだとか。骨伝導の話も面白いから、読んでみるとよいよ。なんとなく生物学の話になっているけど。

中盤は哲学とか数学の話も。
科学は実証的でなければいけないのか?実証的でないならば科学ではないのか?という議論。科学と個人信仰をゴッチャにしてしまっている人が多いのかも。
数学の話は「無限」について。これも摩訶不思議な世界だから。

現実とは何かという話にも及ぶ。
現実とは、ある特定の重みづけをされた世界である。
と。その重みづけは個人毎に違う。となると、真実って誰にも分からなくなってくるわなぁ〜。

基本的には養老先生の『考えるヒト』『解剖学教室へようこそ』『死の壁』などの内容に近いかも。そうなると養老先生の話を直接聞いた方がいいかもしれないなぁ〜。南氏の話、悪くは無いんだけど、冗長かもなぁ〜。
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2008年10月25日

進化論の5つの謎

『進化論の5つの謎』を読んだよ。ちくまプリマー新書にしては、難しすぎる…。

「進化論」という言葉に引かれて、且つちくまプリマー新書だったので、読んでみたけど、まずは難しすぎる。
Amazonのカスタマーレビューでも「馬鹿と言われても結構です。」などと書かれている。アッシもそういう気分。

じゃ、何が難しいのか。要は本書を科学本だと思っていたから。哲学とか現代思想から、進化論を語っているのが本書。それも、無理やりこじつけているような気がしないでもない。ここで語っている「5つの謎」についても。

元々本書の底流にあるものは、「進化論は科学ではない」という考え方。
進化は実証されてはいないのである。進化論はただ、化石など、数万年単位でしか何も特定できない乏しい資料を状況証拠として使って作り上げられた「仮説」にすぎないのである。
そう言われてしまうとそうなんだけどね。

もう一つ。人間は進化を目的的に捉えてしまうという。ところが、進化は単なる機械的なものなので、目的的に捉えると進化論の意味するところから外れてしまうと。この論点は、「5つの謎」を解明するためのキーワード風に使われているよ。

と、アッシが理解できたのはここまで。後半の議論はほとんど理解できず。これだけ頭の中に入らなかった本は久しぶり。前述のように自分の頭の悪さのせいかもしれないけど、読後感の悪い1冊でした。
進化論の5つの謎―いかにして人間になるか (ちくまプリマー新書 88)
進化論の5つの謎―いかにして人間になるか (ちくまプリマー新書 88)船木 亨

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star「メルロ=ポンティ入門」よりはやさしい内容
star知識人としてどうよ。
star人文学者の目から見た進化論

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2008年10月19日

さおだけ屋はなぜ潰れないのか?

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を読んだよ。ちょっと前にかなり売れていたみたいだけど。

副題に「身近な疑問からはじめる会計学」とあるように、会計学の入門中の入門の本。とは言っても、普通のサラリーマンなら大抵知っていることばかりかも。B/SやP/Lを多少でも知っていれば、読むには値しないかも。

じゃ、何でアッシが手に取ってしまったか。それはやっぱりタイトルに引き寄せられたのかも。なぜ、さおだけ屋は潰れないのか?なんて考えたこともないけど、儲けの仕組みは知りたいと思っていたから。からくり的には、チャンチャンって感じなんだけど。

興味をもって読んだのは在庫コスト。在庫過剰が良くないのはイメージ的には分かるけど、会計的には明らかに損であることがよく分かるよ。トヨタのかんばん方式とかデルの注文生産方式とかユニクロの在庫を管理するシステムとかは、いかに在庫のコントロールが重要かを表したものだよね。

監査でのリスクアプローチの事例も面白い。
名画を見るときも、全体を見てもどこがすごいかさっぱりわからないときは、まずその絵の一部をじっくりと見ればいい。ダ・ヴィンチの「モナリザ」なら、まず彼女の手の描かれ方に注目すると。「これは描けない!」というようにそのすばらしさの一端がわかるという。
ホントかなぁ〜。監査のポイントとして、「木を見て、森を推測する」っていうのは、よく分かるんだけど。

さて、数字のセンスについて。確かに数学のセンスとはまったく違う。
「50人にひとりが無料」というセール。数字のセンスがあると、これは単なる「2%割引」と同じであることがすぐに分かるという。なるほど、これは納得。でも、「無料」と言う言葉に弱い大衆。

やっぱり、一番のポイントは「数字に強い」ってことかな。会計の知識が深くなくても、数字に強ければ、経営者としては素質があるって言っていいかもね。
さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)
さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)山田 真哉

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starいわゆるベストセラー本のひとつ。
star会計学の導入というよりは・・・
star読みやすいのですが……

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2008年10月18日

ハーメルンの笛吹き男

『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』を読んだよ。阿部謹也先生の不朽の名作。

子供の頃、絵本などで誰もが読んだことのあるという「ハーメルンの笛吹き男」の話。とは、言ってもアッシにはその記憶がない。ただ、なんとなく知っていたということは、どこかで見聞きしたことがあるんだろうね。それだけ知られている「ハーメルンの笛吹き男」の話について、史料を通してその真実を探ろうとするのが本書。

「ハーメルンの笛吹き男」の伝説の内容については、他のメディアに譲るとして、まずは1284年6月26日のハーメルンの町の様子と、その当時の社会的、時代的な背景を巡る。
13世紀だから、都市という機構が成立する時代ではあったけど、いわゆる普通の人々の生活は自由とはかけ離れたものであり、一定の支配者層の下に生活する人々であったわけだ。

そんな社会的背景の中で、この「ハーメルンの笛吹き男」の伝説を史実としてどう捉えるか。阿部先生は東ドイツ植民という観点から捉えた二つの説を紹介する。先に述べたように、一定の支配から解放されるために新天地を求めての大移動が有った訳だ。その一つの動きとして、130人の子供たち(若者だったという説)がハーメルンを出て行ったのだと。
ただ、阿部先生は、この東ドイツ植民のような出来事がこの伝説の背景であったとはどうしても考えられないという。

そして、話は再びハーメルンの人々の生活の様子に戻る。
中世社会は完全なる身分社会であった。乞食として生まれたものは一生乞食なわけだ。ところが乞食といっても、当時はそれは一つの専門職だったという。そして、乞食より蔑視されていた賤民層の生活。賤民については、阿部先生は他の本に詳しく書かれているので、そちらを読むとよいよ。
さて、子供たちの生活はどうだったのだろうか。これも子供たちなりに厳しい生活を強いられていたような。現代の子供たちは大人から子供の領分というものを与えられているが当時の子供たちは、それを自ら奪い取っていかなくてはならなかったとか。
子供たちは家庭でも学校でも道路上の遊びにおいても、大人が構成する社会の全体のなかに、何の斟酌もなく投げ込まれていたのである。
そこで、賤民と子供たちはどう繋がっていくのか。
かつて秋田の子供たちが「親のいうことを聞かないとなまはげが来るぞ」といって親の脅かされたように、また泣き叫ぶ子供たちが「人さらいが来るぞ」といって脅かされたように<笛吹き男>に象徴される遍歴芸人は子供と親にとってなまはげや、人さらいと似通った存在であった。
と、説明されているよ。

ところが、阿部先生の解釈は、<笛吹き男>に象徴される遍歴芸人の存在はこの伝説には薄いという。キーワードは「祭」だ。遍歴芸人の身分の低さが、事件の当事者に仕立て上げられたものであるのでは…と。

ひとつの伝説が語り継がれていく過程は、その当時の社会情勢を如実に反映しているよ。阿部先生はその点を上からの視点ではなく、人々の視点から分析する。アッシ的にはそういう視点が好きなんだなぁ〜。
ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)
ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)阿部 謹也

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star良書とはこういう本です
star読み物としても楽しめる一冊
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2008年10月12日

容疑者Xの献身

『容疑者Xの献身』を読んだよ。ミステリーもまた楽し。

東野圭吾は初めて。そのガリレオシリーズでは初の長編モノ。映画も公開されていて、本もかなり売れているみたい。読書メーターでも読んだ人が多数。
TVドラマではたびたび見ていたけど、小説ではどうなるかと興味を持ちながら読み始めるとグイグイ引き込まれて、400頁ほどをあっという間に読了。普通の本なら、1週間は掛かるのに。

ミステリーなので、話の筋は書かないけど、まさに盲点を突くトリックは鮮やか。しかも、話の中の当事者ですら、そのトリックを知らないまま、ラストシーンを迎えるという驚き。

所々に出てくる数学の話題もなかなか良いよ。
「四色問題」について、コンピュータを使った証明は美しくないと語った数学者ポール・エルデシュ。石神はその「エルデシュ信者」であるとか。
「P not= NP問題」(数学の問題に対し、自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうかを確認するのとでは、どちらが簡単か。あるいはその難しさの度合いはどの程度か)が、石神と湯川の間での会話に登場する。この問題は後半にも登場して、重要な考え方になるんだけど。これは、とても数学の問題とは思えないんだけど、逆にいうと、数学は社会のあらゆる局面で応用されているということ。
石神が生徒に微分積分の意味をバイクのレースで例えるのも、その簡単な一例だよね。

さて、アッシの推理。
石神の最終目的は誰にも邪魔されない環境で数学の研究に没頭することだと思っていたんだけど、結局は「献身」だった。これもひとつの愛の形か〜。
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容疑者Xの献身 (文春文庫 ひ 13-7)東野 圭吾

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starミステリとしては久々に面白かった。・・・が!!
star理論家だからこその超越した愛がある
star物語の奥深さや幅がない

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2008年10月11日

活字のサーカス

『活字のサーカス』を読んだよ。本を読むヨロコビはさまざま。

椎名誠が本と読書について綴るエッセイ。旅先で、通勤電車の中で、と、本を読むシチュエーションは様々。

旅先で読む為には、やっぱり文庫本か新書。椎名誠の場合、例えば、一ヶ月の旅なら10冊。その内訳は、翻訳ミステリー3冊、翻訳SF2冊、時代劇もしくは歴史小説1冊、ノンフィクション2冊、軽いエッセイ1冊、古典の名作もの1冊だと。
アッシの場合はどうか?いつもは乱読気味だけど、ミステリーやSFはほとんど読まず。科学読み物や哲学モノが中心。ただ、旅となると、ちょっと軽めを選択するかなぁ〜。普段は読まないミステリーも日常を脱するという意味で読んでみようという気になるかも。と、いうことで、アッシの場合の10冊は、科学読み物3冊、旅行モノ3冊、文学系2冊、評論1冊、エッセイ1冊といったところか。

では、通勤電車の中ではどうか。椎名誠がサラリーマン時代、地下鉄でポケミスを読む女が気になる。もちろん、その女性自身も気になるのだが、何を読んでいるのかがすごく気になる。
ぼくに何か地球破壊的な勇気と決断があったら、そのポケミスの女のところに行って
「いま何を読んでいるのですか?ぼくが最近読んだこの本はものすごく面白いからぜひ読んでみてください。この本はあなたにあげます!」などと言ってしまいたかったのだが、そんなことはたとえ世界が海に沈もうが風にとばされようが自分には絶対できないだろうな、ということもよくわかっていた。
この気持ち、すごくよく分かる。電車の中で人の読んでいる本が気になるし、自分が読んだ本を人に教えたくなるし…。

さて、本を読む喜びとは何だろうね。椎名誠は、電車などに乗って本を読んでいると得した気持ちになると。それは移動しながらもうひとつ別の業務を遂行している、というヨロコビであると。
これにも、まったく同感。アッシ的には人生の時間を無駄には使っていないぞという自己満足的なヨロコビではあるんだけど。
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starロマンあり、不気味あり、でも感動的!まるでサーカスのよう。
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