2007年08月26日

飛びすぎる教室―先生の雑談風に

『飛びすぎる教室−先生の雑談風に』を読んだよ。清水センセーのお勉強エッセイは教科の枠を越えて…。

「先生の雑談風に」という副題にあるように、教科書に出ていない話題を先生の雑談風にまとめたもの。教科書通りじゃなくて、ちょっとした先生の雑談て、結構記憶に残るもんなんだよね。…と言いながらも、アッシにはそんな記憶がない。高校になってから、生徒がだらけて来ると雑談をする先生はいたけれども…。

でも、清水センセーの雑談は面白いよ。楽しく聞けるよ。

で、全体のテーマはイスラム教の国々のこと。センセーの趣味の海外旅行での出来事とそれらの国々にまつわるモロモロなんだけど、これが実に奥が深い。そして、話は世界史へ。
虚心になって思い出してみると、我々が世界史として習ったことの偏り具合はあきれるほどである。
四大文明の次に、ギリシア、ローマ史をやり、キリスト教関係のこと(日本人にはどうもよくわらかない)をやけに細かく見ていって、ルネッサンスと大航海時代を見て、市民革命と産業革命を学んだら、あとは近代の戦争に突入。
考えてみたら、西洋史(あとのほうにアメリカ史を足す)ばかり習ったのである。
まさに仰るとおりだよね。あと、ちょっとだけ中国のことをやる。
そんなわけで、センセーの雑談は、イスラム教の国々に偏っていく。それはそれで雑談だからいいんだけど。

料理の話、暦の話、奴隷の話、墓の話、天使の話、聖書の話、旅行の話etc。どれも世界史に関連してきて、面白い、ヨーロッパだけが世界じゃない…っていうのがよ〜くわかるよ。
アッシ的には天使の話が一番面白かったかなぁ〜。勝利の女神ニケの英語読みが、スポーツシューズのナイキだってなんてね。
飛びすぎる教室
飛びすぎる教室西原 理恵子

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2007年08月25日

歴史家の自画像―私の学問と読書

『歴史家の自画像―私の学問と読書』を読んだよ。阿部先生、最後の上梓。

主に読書に関する筆者のインタビュー、講演、論文、エッセイをまとめた本だよ。

前半のインタビューは、寛いだ感じで阿部先生が答えているので、読みやすく親しみやすい感じ。

そして、「文明としての学問」は新しい視点。文化と文明の違いについて述べているよ。まずはそれぞれの担い手が違うということ。文明の担い手は、文化の担い手からは足を抜かなければならない。そして、文化は地域限定、且つ不合理なものも含まれる。ところが文明は、合理的、普遍的なものであると。
そして、日本について。
はっきり言えば日本には文明がないのです。日本は文化国家ではあるけれども、文明国になろうとしたことはない。文明とは何かと言うと、さっき言いましたように、誰でも受け入れる。そして合理的で機能的だという性質を持っていますから、当然、出入国管理法などとうるさいことは本当は言わないほうがいいわけです。
うん、よ〜く分かる。

さらに引用。
これまで文明の担い手たちはうまくやってきたわけですが、最近はどうもうまくいかなくなってきた。つまり歴史学も文書だけではだめなのです。絵画を読まなければいけない。イメージ・リーディングをしなければならない。あるいは臭いとか色とかに目を向けなければならない。あるいはもっと別なものに目を向けなければいけないということが言われてきて、いわばモノを媒介とする観点に目を向けようとしていることは、文明の学問が自分の限界にやっと気づき始めてことを意味してます。
そう、合理的な文明では説明できない世界もある。これはクオリアのことを言っているのではないかなぁ〜。

さて、最後のエッセイ。阿部先生の名前の由来について、書かれているよ。
私の名前自体かなり勝手な遊び人だった父が、男の子を授かった機会に以後は謹みますと母に誓ってつけられたらしい。
などと、父親の思い出話など。題名は「亡き父との再会」。なんだか、自分の死が近いことを悟ってのエッセイかと思ってしまうが、本書のあとがきの日付が、2006年8月11日。亡くなったのがその翌月の9月4日のことだった。
改めてご冥福を祈ります。
歴史家の自画像―私の学問と読書
歴史家の自画像―私の学問と読書阿部 謹也

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2007年08月18日

縦糸横糸

『縦糸横糸』を読んだよ。テーマは日本人論?

新聞に連載されていた河合隼雄のエッセイ集。その時々の時事から話題を選んで論じているよ。キーワードは、子育て、教育、科学技術、文化社会、宗教など。

1996年からのエッセイなんだけど、子供が絡む事件が多いよ。だから、教育とか家庭がテーマとなる。そして、やはり比較になるのは欧米との比較。それが筆者なりの日本人論に繋がっていくよ。
例えば、個人主義について。欧米の個人主義はキリスト教を支えとしている点に特徴があるという。この為に個人主義が利己的にならないとも。では、日本はというと、
日本は「イエ」の倫理で生きてきた。昔からの「イエ」は無くなったかのように見えるが、日本人は意識的、無意識的に代理の「イエ」をつくり出してきた。
という筆者。そうそう、この「イエ」って、まさに「世間」を言っているんだろうなぁ〜。阿部謹也氏の考え方に近いんだろうなぁ〜。
ただ、阿部先生と違うのは、河合氏はここに日本人の宗教性を見ていること。この「イエ」によって、日本人は安心立命をはかったきたという。
日本人は宗教や倫理の問題を、日常生活のなかに混入させて、生きてゆく方法を知っている不思議な民族なのである。
と。この生き方、日本人らしいなぁ〜。

もうひとつ。キリスト教以前に、中西部ヨーロッパに住みケルト語を話していた住民ケルトの話題。ケルトは相当な文明を持っていたが、文字を持たなかったことなどがあり、キリスト教文明によって消滅させられていったという。ここで引用。
ケルトは文字を持たなかった。それは未発達なためではなく、むしろ文字を持たない文化をどんどん発達させてゆくためなのだ。これは西洋近代の知の在り方とまったく異なることだ。人間と自然、精神と肉体、などが明確に区別され、それらを記号で表し、それらの関係を明確にしてゆくのが西洋近代の知だ。それに対して、ケルトはその文様のように何もかもがからみ合っていると考える。
西洋近代の知と数字や数式で表されるものと考えれば、ケルトの文化はまさにクオリアの世界なんじゃないかなぁ〜?だから、両方とも必要で、二者択一的な問題じゃないんだろうね。
縦糸横糸
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2007年08月16日

村上春樹、河合隼雄に会いにいく

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』を読んだよ。河合隼雄に興味。

タイトルの通り、作家・村上春樹と心理療法家・河合隼雄の対談集。対談集なんだけど、それぞれのコメントが頭注と脚注に付けられていて、どうも読み難い本だよ。読み方に工夫がいるかも。

村上春樹が非現実的なことを言い、河合隼雄が現実的な答えでそれをまとめるというパタンのような。

キーワードは、「コミットメント」。あちこちでこの言葉が出てくるけど、逆意としてデタッチメントもよく出てくる。オウムとか阪神淡路大震災とかがその事例。今の若者たちの状況について、
いまの若者たちは、ちょっとわからなくなっているんですよ。ドライだとか無気力だとか言われているけれど、今の学生たちは、かつての学生たちがやったデタッチメントということは失敗に終わったということをよく知っているから、そのまねはできない。かといって、何にコミットしていいかということがぜんぜんわからない状況にいまいるのですね。
と河合氏。アッシ的には、コミットメントとデタッチメントの意味がこれでよく分かったような。

もうひとつ。韓国の個人主義について語るんだけど、韓国は個人主義というよりファミリー・エゴなのではないかと。で、日本人については、
日本人はファミリー・エゴともまた違って、フィールド・アイデンティティーで、その場その場をアイデンティティーの基礎にしてしまうという、非常におもしろい性質を持っているから、会社をフィールドにしたり、家庭をフィールドにしたりで、その都度うまくやっているのですね。
と河合氏。これって、「フィールド」=「世間」ってことだよね。同感、同感。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく
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2007年08月15日

ウェブ人間論

『ウェブ人間論』を読んだよ。ウェブって、人間の生き方まで変えられるのかなぁ〜。

『ウェブ進化論』の筆者・梅田望夫と作家・平野啓一郎の対談集。作家というと文系の代表でIT系に疎いというイメージがあるから、対談の相手としてはよかったかも。でも、平野氏自信はかなりウェブに詳しいよ。

本書の重要なテーマのひとつが「リアル社会とネット社会をどう使い分けて生きていくか」。人々がブログを書く理由は何か?から始まって、リアル社会で言えない本音をブログで書くというパタンを例に生き方の変化を語る。特に匿名で書く場合と名前を出して書く場合では、リアル社会への影響に大きな違いがあるとの指摘。確かにそうだよね。
あと、リアルで語る場合とネットで語る場合の「齟齬」があることが多い。これは両方合わせて一人のアイデンティティーなんだという考え方で説明しているよ。こちらもなるほどなぁ〜。

で、作家が登場したからには、著作権の問題も避けて通れない。ここで二人の意見がぶつかる。本が売れなくなるのではないかという考え方を、まったく別の視点から否定する梅田氏。オープンにすることで、別の需要を掘り起こせると言い切る。梅田望夫っていう人は、どこまでもネット崇拝的な考え方をする人なのだろうなぁ〜。この点では、平野氏が押し切られたと言う印象だよ。

梅田氏のような考え方は、分かる人には分かる。分からない人にはさっぱりというような気がする。アッシもこれからのネット社会の動向をよ〜く見守っていかなくてはね。
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2007年08月13日

戦争遺産探訪 日本編

『戦争遺産探訪 日本編』を読んだよ。季節柄、戦争について考える。

日本各地に残る戦争のために作られた建物、構築物、鉄道等の残骸をレポートした本。意外なところに意外なものが残っていてビックリ。
特にアッシの職場近くは皇居が近いこともあって、いろいろな遺産が残っている。北の丸公園内とか靖国神社周辺とか。その中でも銅像。皇居周辺は銅像をあちこちで見掛けるけど、場所を移動されたりしているものが多いらしい。理由もそれなりに有るんだけど。職場近くを花散歩するときに見掛けた銅像にこういう歴史があったとは…。

千葉周辺も興味深い。特に日露戦争直前に編成された鉄道連隊。東武野田線や新京成線も敷設したとのこと。新京成線は演習用とのことでカーブだらけ。一時期、通学で乗っていたことがあったけど、なんでこんなにクネクネしているんだろうと思ったけど、やっと理由が分かったよ。

日露戦争と書いたけど、そう、ここでいう戦争とは第2次世界大戦の話だけではないよ。西南戦争から日本の軍事は始まっていて、第2次世界大戦まで繋がっているわけ。日本の近代史を戦争を通して理解できたような気がしたよ。
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2007年08月07日

独断流「読書」必勝法

『独断流「読書」必勝法』を読んだよ。清水センセーの文学講座。

内外の小説を筆者独自の視点からあれこれと語ったもの。例によって、西原画伯の絵が強烈。

まずは海外作品。アッシ的には殆ど読んでいない。『ロビンソン・クルーソー』だけか。民俗的な知識がないから、遠慮しがち。そして、今になって読む気になっているかというと、やっぱりそうでもない。

そして、日本文学。全体的な印象なんだけど、近代日本文学って結構エロチックなものが多いなぁ〜って感じ。だけど、微妙な表現でそれを表したりしていて、いかにも文学的。表現の規制の為に、そうならざるを得なかったんだろうけど、そういう表現を通して、昔の人たちは小説を楽しんでいたんだろうね。特に泉鏡花の『高野聖』なんて、怪異譚の中にエロチック。そんな話だなんて知らなかったアッシ。

もうひとつ。『ぼく東綺譚』のシーン。長いけど、本書から引用。
玉の井はよく知られた色街のひとつである。
そこで、煙草屋で煙草を買ってつり銭を待っていると、ふいに激しいにわか雨になる。傘を持っているのでそれを広げたところへ、いきなり後方から、「檀那、そこまで入れてってよ」と若い女に声をかけられ、相合傘はためらわれるので傘を貸す。
そして女の家に行き、つい、一時間ばかりをそこにすごす。
このシーン、要は色街で客になったということだと筆者。大人の小説だ。

文中に書かれていないことも、知識と想像力で補完して楽しむ。なかなか小説を読むのも、難儀なことだなぁ〜。
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2007年08月01日

やっとかめ探偵団と殺人魔

『やっとかめ探偵団と殺人魔』を読んだよ。清水センセーの推理小説だがや。

ちょっと前にNHKのTV番組「課外授業 ようこそ先輩」に清水センセーがご出演していたよ。それを見て、また清水センセーの著作が読みたくなり、番組の冒頭で紹介された本書を借りてきたわけ。

TV番組の冒頭で、本書を朗読する筆者。
「波川さん、波川さん、どえりゃーこったぎゃあ」
いきなり強烈な名古屋弁。推理小説といえば、日本語的に難しい表現は少ないので、スイスイ読めるという印象だけど、本書はこんな調子で名古屋弁のオンパレード。だから、やけに会話シーンでガクッと読む速度が落ちる。リズムが取れないというか。それでも、名古屋弁に慣れてくると、スイスイ読めてくるから、面白い。

そして、小説の中身。それぞれの小事件は単独で読んでも面白いけど、最後の大事件はその連作になっているよ。だから、小事件でいろいろな布石があるわけ。

奇抜なトリックがあるわけでもなく、ごく普通の読み物だけど、結局名古屋弁の威力に圧倒されてついつい読み進んでしまうような本でした〜。
やっとかめ探偵団と殺人魔 (光文社文庫)
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