2008年09月13日

哲学ってなんだ

『哲学ってなんだ』を読んだよ。岩波ジュニア新書にしては難しい…。

題名通りの内容だけど、なんだかスッキリ分かった!!までは辿り着かず。

冒頭は筆者の哲学との出会いについて。そこでは、哲学の思考法について述べるているよ。哲学の思考法は、真理をつかむためではなく、普遍的な世界のあり方を“作り出す”ための方法であると。
そう、哲学というと真理を探究するというイメージがあったけど、それはちょっと違うってことが分かった。

それを踏まえて、哲学とはなにか…というと、「世界」説明の方法である、と。近代哲学の登場以前は、宗教=神話が「世界の意味」を説明していたと云う訳。宗教との比較の中で出てくるのが、哲学の方法の基本原則。「非物語」「原理思考」「再始発」の3つ。詳しくは本書で。

哲学のパラドックスにも触れる。「アキレスと亀」「クレタ島人のパラドックス」「世界の始発点はあるのか」などの、パラドックスやアポリアについて、哲学はどう考えたのか?これにはカントが答えているよ。「事実問題」を考えているようであって、実は「推論方式」を考えているだけに過ぎないのだと。そして、これは哲学の弱点であるとも。

その後、近代の哲学者たちが続々と登場するよ。
デカルト、カント、ルソー、ヘーゲル、キルケゴール、ニーチェ、ハイデカー、フッサールetc。
ここでは、「自由」という概念について、深く探求する。「自由」を哲学はどう捉えていったのか。アッシは「自由」の奥深さを十分堪能。

最後は、「自由」の発展系として、「自己」とは何か。ここではフロイトが登場して、深層心理と「自己」の関連について、考察しているよ。
「自由」の中に他人との関係において、「自己」が位置付けられる。他人との承認ゲームを成り立たせることにおいて「自己」が存在するんだろうね。

こういう風に、読後感をまとめてみると、哲学について分かったような気になるけど、実際はまだまだ何も分かっていないような気がする。
それでも、入門としては、この内容で限界。本格的な本を読んだら、どうなっていたことやら…。う〜む。
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2008年09月06日

入門!論理学

『入門!論理学』を読んだよ。懐かしい論理がいっぱい〜。

野矢先生の本は、過去に何冊か読んでいるけれども、どれもが事例というか、例題が楽しくて、それにつられて、つい考えてしまう。本文にも書いてあるけれども、例を考えるのにも、時間を掛けているみたい。

さて、本書。
論理学というとなんだか怪しげで難しげというイメージだけど、基本的には前提から結論をきちんとした手続きで導き出すだけの話。本書の言葉を借りれば、「ではない」「そして」「または」「ならば」「すべて」「存在する」といったことばが作り出す演繹的推論の全体を統一的に見通すこと…になるわけ。
だから、複雑ではなく、単純なことの繰り返しであるはず。ところが、単純なものを組み合わせていくと、結構難しくもなるよね。

以降は、論理で使用することばについて、詳細に見ていくことになる。ここではポイントだけ紹介。

「否定」の中で出てくる「排中律」という概念が面白いよ。「Aまたは(Aではない)」(排中律)という命題は普通に考えれば、成り立つのが当たり前に思えるけれども、論理学の世界では、排中律は成り立たないという立場もあるという。排中律が成り立つ立場は、神の視点から事象を見る立場を考えると分かりやすい。そして実在論的立場とも云うよう。こういう言葉が出てくるとなにやらまた難しげに感じてくるね。
もうひとつ。背理法も「否定」の中で登場。中学校の数学で初登場の背理法だけど、背理法は否定の意味そのもので、否定をより厳密に言い表したものだということがはっきりと分かるよ。

「かつ」(連言)と「または」(選言)では、ド・モルガンの法則が登場。これも中学の数学で出てきたよね。ここでは、否定・連言・選言の導入則と除去則を使って、ド・モルガンの法則を導き出すよ。日本語でド・モルガンの法則を言い表すと、「選言の否定←→否定の連言」と「連言の否定←→否定の選言」となる。すごくすっきりしていて美しいよね。こういう表現、好きだなぁ〜。

「ならば」で出てくるのが、対偶、裏、逆。これも中学で出てきたね。対偶は必ず真、裏と逆は必ずしも真ならず…って、思い出した。
論理的には、逆とか裏を使った推論は間違いやすいポイントだとか。確かにそうかも。そして、日常的にも間違えやすいので注意が必要だと筆者のアドバイス。

ここまで来て、証明するとはどういうことなのかという話題に触れる。前提があって、今までのことばのツールだけを使って、結論を導くこと。これがまさに証明。ツールが単純だからこそ、難しかったりするんだけど。当たり前じゃんと一足飛びで行きたいところを、じっと我慢して一歩一歩。ごもっとも。
ことばのツールの話が出たこともあり、公理系もここで登場。これは大学の数学レベルの話かもしれないけど。

最後は「すべて(全称)」と「存在する(存在)」。まさに、大学で初登場の概念。
この全称と存在を論理学として理解していれば、大学数学はすんなり入っていけるんだろうね。

あ〜、懐かしき学校数学の数々。話の内容もすっきりしていて、この二つの意味で楽しめました〜。
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2008年06月29日

哲学の謎

『哲学の謎』を読んだよ。『無限論の教室』を読んでからの気になる1冊。

文字通り、哲学の本。哲学者たちの小難しい議論が書かれているわけではなく、対話形式になっているから、比較的読みやすい。話されるテーマも身近なものが題材で、いろいろと例えながら思考実験を重ねていくよ。それでも深く考えていくと、意外な結論が導かれたりする。それがまた面白いよ。

例えば、意識と実在について。我々は意識を持って、ある事象を捉えるとする。これは実在とはまったく位置関係を持たないわけ。…となると、実在の世界はない…という結論が導かれる。不思議だね。分からないね。

「時の流れ」についても。
想像してほしいのだが、川岸が見えないほど広い川で、川の流れが完全に一様・均一であったとする。君はそこを流れにまかせて船で下っていくとして、いったい自分が川を下っていることがわかるだろうか。
という命題。川の流れを認める手掛かりがないとしか言えなくなる。「時の流れ」もこれとまったく同様ということ。
われわれはそこに「流れ」など認められないはずなのだ。
…と。これもまた不思議。この議論は、
われわれは「いま」から逃れられない。永遠に「いま」なのだ。
と発展していくよ。

面白かったのは、天涯孤独のロビンソンという人物を想定した思考実験。彼に規範はあるんだろうか?と。
彼は「赤いりんご」を「灰色のりんご」と捉えているかもしれない。そして、狂気も正常も有り得ない。何をどう解釈してもよいからだ。これまた、なんとも不思議な感覚。

個物から一般観念を導き出せるか?という議論も面白い。個物としての犬を何匹見たとしても、「犬」の一般観念は導き出せるだろうか?これって、無限の話にも近いような。帰納法を使う?アッシには想像できないけど。

行為と意志についての議論も。行為の能動性を意志に求めると、「腕を上げる」という行為の為に無限に意志しなければならなくなると。これは、究極的に、行為を始めることが不可能になっていく。

こんな風に、いろいろと考えていくと、不思議なことばかり。でも、まじめに考えた結果なんだから、受け入れなければならないのかも。
それでも、考え続けるのが重要のような気がするよ。人間なんだから。
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2008年06月26日

新しい道徳

『新しい道徳』を読んだよ。世の中は変わっているのに、道徳教育は変わらない…。

小学生の時に「道徳」という科目があったね。副読本のようなものを読んだりした記憶があるけど、他の教科の補修の時間になったり、普通のホームルームになったりしたことが多かったような…。でも、「道徳」というと、なんとなくうしろめたいことは出来ないなぁ〜って気分だった。でも、ただそれだけ。っていうか、当時の小学生にはそれでも十分だったのかもしれないけど。

筆者は、「成長社会」から「成熟社会」に変わった現代では、道徳のあり方にも変化があると指摘。そして、社会が要請する能力も「情報処理力」から「情報編集力」に変わっていると。本書には、そんな事例がたくさん有るよ。

例えば、「正解」と「納得解」の違いについて。「成長社会」では「正解」を求めることが要求されたけれども、「成熟社会」では「納得解」が重要なのだと。
成熟社会では、「正解」の導き方より「納得解」の導き方が人々の幸福を決めていく。なぜなら、正解が一つの問題なんて、ほとんどなくなってしまうからだ。
この他に、大人の条件としての「納得解」という考え方も紹介されているよ。

その「納得解」を導くチカラが「情報編集力」だと。レゴをやるときに要求される力であり、世界観自体をつくりだす力であると。

小中学生の自殺についても。
マスコミにはきつい意見だが、有識者の間には「自殺報道の後には自殺が増える」という指摘もある。
これって、アッシも以前からずっと思っていたこと。報道による間接的な影響って絶対にあると思うよ。

「夢」と「自由」についても言及。これはセットになっているみたい。技術と経験を蓄積することで、次のステップ(これが大人の「夢」)がイメージされてくる。よく「私には夢がない。」なんていう人がいるけれども、それはまだまだ経験不足だということでいいんじゃないか。「自由」についても同じ。「自由」には「責任」がついて廻るが、これは技術と経験がないと責任なんて持たされないわけだから。

さて、「新しい道徳」とは何か。自分で納得したものが新しい道徳なんだと筆者。大人にならないと、本当の道徳なんて分からないんだよなぁ〜。これが悩ましいなぁ〜。
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2008年05月25日

無限論の教室

『無限論の教室』を読んだよ。無限とはなんとも取り扱い難いもの…。

大学の講義風に書かれているよ。どうやら、科目的には「哲学」みたい。教員は、タジマ先生。学生は、タカムラさんという女性と「ぼく」。そんなシチュエーション。

まずは「アキレスと亀」の話から。ゼノンのパラドックスだけど、要は収束と発散を考える。そこから、実無限と可能無限の考え方。タジマ先生は可能無限派だとか。

そして、「自然数と偶数はどちらが多くあると思いますか」というタジマ先生からの問いかけ。ここで集合の濃度という考え方を学ぶ。←これって、哲学じゃなくて完全な数学だよね。
この後、カントールの無限集合論について学ぶんだけど、その前に実数論。べき集合とか、自然数との濃度の差とか、学生のときに習ったような忘れたようなことがたくさん登場。

2の平方根の無限可能性についての話が面白いので、引用。
ルート2というのは、ひとつの完結した数につけられた名前ではなく、この開平法というやり方につけられた名前なのです。一般に、無理数と言うのは、こうしていつまででも少数展開を続けていく規則の名前なのです。
そう、ここでは、無限とは有限のものと同じ手法で論じるものではないということを匂わせているのだろうね。

パイについても同じ。
パイというのはその少数展開を順番に作り出していく規則であり、展開されていく少数は、その規則に従って構成されて初めて産声をあげる存在者なのです。
これは、無限は虚構であり、実在しないという結論に繋がるわけ。

講義の最後は、ゲーデルの不完全性定理を証明するんだけど、ここまで来ると分かったような分からないような。メタ数学とか対角線論法とか、新たな概念と手法で、「ぼく」もアッシもアップアップ。

最後のタジマ先生の言葉が象徴的。
無限は完成を拒んでいます。
と。人間はつい完成したものを求めてしまうのになぁ〜。だから、無限は超越的なんだろうね。
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2008年05月24日

ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡

『ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡』を読んだよ。宗教と科学は一体なのか…。

宗教と科学がテーマ。一般には対立する概念だと思われているけれども、実はそうではなくて、宗教がなければ、科学は生まれなかったのかも…。

前半は、古代ギリシャの数学について。ダ・ヴィンチコードに登場するフィボナッチ数列、黄金比、三角形の不思議などを紹介しているよ。本書のテーマとはかけ離れた話題のような気がしたけど…。

中盤から突如として、ダ・ヴィンチ作の「岩窟の聖母」を話題にキリスト教の話に転換するよ。特に、キリスト時代のイスラエル周辺の話。アッシにはよく理解できん。登場人物も多いし、○○派とか××派とかの集団もたくさん。覚えきれない。
特に、人名。ヨハネという人が出てくるけれども、さっきの話のヨハネは今出て来ているヨハネとは別人物だとか…。もうダメだ。

本書のキーワードのひとつが「認識(グノーシス)」という概念。
グノーシス思想はそもそも神の領域の「認識(グノーシス)」を求める試みだから、神の子としてのイエスや、その弟子のペトロから始まる法王(教皇)や枢機卿、大司教など、カトリックにまつわるすべてのものが、ダ・ヴィンチの視野には入っていなかったと考えることも可能だろう。
とまで言っているよ。つまりは、イエスがどんな人物かということは関係ない。神の原理に一歩でも近づくことが重要で、それはカトリックからの離脱になるのだと。

そして、ニュートン。彼もグノーシス思想の持ち主だったとか。リンゴの落ちるのを見て、ここに神の原理を感じたのは、グノーシス派ならでは発想なのだと。

さらに、ダ・ヴィンチとニュートン。
彼らはつねに、神とともにあった。神の領域にわが身をひたすことを、唯一の喜びとして、科学の探求に生涯を捧げたのだ。
と、ここで神と科学が繋がったよね。神があればこその科学だったんだよね。そういう意味で、科学と対立するのは宗教ということで正解かもしれないね。

一点だけ反論。筆者は、日本や中国で科学が発展しなかったのは、キリスト教のような絶対的な神が存在しなかったからだと言うけれども、神の存在云々というより、日本に科学が発展しなかったとは思えないんだけど。関孝和だって、微分の概念に達していたわけだし。ヘンだね。
ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡
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star宗教と科学は一つ?偉人たちの功績がつながります。
starまだまだ学が足りないので。はい。
starわかりやすく書かれた科学と宗教の関係

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2008年04月13日

ウェブ時代 5つの定理

『ウェブ時代 5つの定理』を読んだよ。やっと落ち着いて本を読めます〜。

このところ、本を読む速度が低下中。3週間連続出勤も昨日でやっと終わり、久しぶりの休み。図書館にも行けます〜。

さて本書。第1級のビジョナリーたちの名言を筆者なりにまとめ、コメントを付けたもの。それを「5つの定理」としてまとめているよ。

第1定理は「アントレプレナーシップ」。ニュアンスとしては「進取の気性に富む」というのが一番近いとか。一般的には「起業家精神」。
起業することを「スタートアップ」と言う。これもピンと来るよね。そして、アッシのお気に入りの言葉は、これ。
パラノイア(病的なまでの心配性)だけが生き残る。−アンディ・グローブ

第2定理は「チーム力」。でも、日本人が考えるチーム力とは違うよ。日本人のチーム力は世間だからね。だから、ここでいうチーム力とは、プロフェッショナルチームを意味するわけ。アッシのお気に入りの言葉は、これ。
政治的になるな、データを使え。−マリッサ・メイヤー
会議では「I like 〜」を使うなとも。これを使うと、皆が「Yes Yes, me too」とか言い出すから…。

第3定理は「技術者の眼」。アッシのお気に入りの言葉は、これ。
インターネットが負けるほうに賭けるな。−エリック・シュミット
今日的な言葉なんだけど、意味的には「今日の問題を昨日の解法で解いてはいけない」と。この意味だとよ〜く理解できるよね。未来志向の言葉だなぁ〜。
もうひとつ。プロダクト志向もこの定理のキーワードだよ。

第4定理は「グーグリネス」。グーグル的気質というか。
グーグルの考え方はいろいろな本で紹介されているから、繰り返しになるような気がするけど、本書では「変な会社」と表現されているよ。
「自発的に動く!」というキーワードで、アッシのお気に入りの言葉は、これ。
一からすべて命令してほしいなら、海兵隊に行けばいい。−エリック・シュミット
笑える。

第5定理は「大人の流儀」。アッシのお気に入りの言葉は、これ。
自分がやらない限り世に起こらないことを私はやる。−ビル・ジョイ
大人だなぁ〜。そういう志向が好きだなぁ〜。

さて、サラリーマンとしてのアッシ。これらの起業家精神的言葉をどうサラリーマンとして活かしていくかだよね。よ〜く考えてみよっと。
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ウェブ時代 5つの定理 この言葉が未来を切り開く!梅田望夫

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2008年03月07日

思考の補助線

『思考の補助線』を読んだよ。茂木さんの中でも比較的難し本かも。

「思考の補助線」という言葉を聞いた時に思い出したのが、『フェルマーの最終定理』に書かれていた「谷山・志村予想」のこと。何の関係性もないように思える事象が、ひとつに結ばれる。その結ぶ線を「思考の補助線」と想像してみたわけ。

本書の底流にあるものは「知の世界全体を引き受ける」というテーゼ。例えば、ニュートンやアインシュタインは物理学という手法において、「知の世界全体を引き受け」ようとしたわけなんだけど、一見そのように見える世界は実は違っていて、部分問題しか扱えていなかったというのは事実だと思う。

意識と普遍の問題もテーマに。
意識とは、個別が普遍に接続する形式のことである。<中略>人間は、個々の生という個別を生きていると同時に、時空間的な限定を受けない普遍をも生きている。
と、筆者。これはまさに不思議な感覚。固体としては制約だらけなのに、脳の中は普遍なんだよね。無限のことも考えられるし、自由がそこにあるという感じ。それを「仮想」というわけだよね。

無限という概念の話も。
実無限を人間は引き受けることはできない。我々の考えられるのは可能無限までだと。それでも無限を考えられる脳は凄いと思う。それこそ、仮想の世界の無限性がそこにあるんだろうね。

それにしても、「知の世界全体を引き受ける」統一理論を誰か発見してくれないかなぁ〜。おっと、これは自分自身が考えることを止めることに繋がるか…。
アッシも人間として考えることを止めてはいけないと思う。本書的にいうと、考えることで快感を得られる脳でありたいと思う。
思考の補助線 (ちくま新書 707)
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おすすめ平均 star
star頭の良い人のぼやきと不満。
star荒々しくリアルな思考の過程
star「世界を引き受ける」心意気

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2007年11月03日

高校生のための哲学入門

『高校生のための哲学入門』を読んだよ。この本を理解できる高校生は少なそう。

そう、筆者も仮想の高校生を考えたが、結局万人に向けての本になったとか。でも、若者に読んでもらいたいという思いはアッシも同じ。

まずは第1章「自分と向き合う」は衝撃的。そう、小学生までは無我夢中。筆者の言い方では「世界と一体」で生きている。それが中学、高校と進むとそうではなくなってくる。つまり、世界とは違う自分とは何かという疑問。戸惑いはあるけど、「自分と向き合う」ことが大切だと筆者。アッシの場合、その疑問は40代になった今でも解決できてはいないけど。

そして、人と交わるとか社会の目とは何かとか、老いや死、芸術と宗教の話が続く。最終章は「知と思考の力」。この章は、アッシ的には阿部謹也先生の考える「教養」に繋がる話だと思う。そして、大学の教育とは何かのヒントにもなるような気がする。
例えば、筆者は大学紛争時の教授たちの対応に疑問を持つ。
逆境や危機においてこそ知と思考は力を発揮するはずなのに、非日常的な闘争の渦中で自他の学問や研究のありかたが問われたとき、かれらの知と思考は機能停止したかのようであった。
そして、
塾生の親や、地域の自治会で顔を合わせた年配者や、PTAでの会合で出会った母親が、しばらく話を聞いているうちに、まわりに気がねしないで自分の考えをきちんと提示する魅力的な人物に見えてくるとき、あっ、この人の中には普遍的な知と思考が生きているな、と思えるのだ。
と。これはまさに阿部先生の言う「教養」ではないだろうか。
高校生のための哲学入門 (ちくま新書 666)
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star言葉だけで思考する
star小説ではないけど、高校生向けの『君たちはどう生きるか?』なのかな
star味のある「大人のための」哲学入門

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2007年09月16日

はじめの哲学

『はじめの哲学』を読んだよ。存在の冒険は遭難気味…。

存在の国(今の世の中のこと)の「いちばん最初の根っこ」を探し出すことを、冒険になぞらえて語った本。

存在の国の定義(広さ)から始まって、目指す目標(「いちばん最初の根っこ」を探すこと)の設定をする。そして、「いちばん最初の根っこ」を探す旅に出る。
まずは、一番近道になりそうな科学を手段として目標に挑む。ところが科学も迷信のうちにひとつに過ぎないと…。
ようするに科学における「根っこ」とは、経験の拡大によりいくらでも変化していく、つねに「とりあえずの根っこ」なのです。現代の人間が正しいと思っている科学法則も、後世の人から見ればとんでもない陳腐なものかもしれません。ですから、これを「いちばん最初の根っこ」とするわけにはいかないのです。
これはまさに『 99・9%は仮説』に書かれていたことと一致する。要は科学は仮説(ここでいう「とりあえずの根っこ」)の上に成り立っているんだよね。

そして、意識の問題。デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」についても、「いちばん最初の根っこ」にはなり得ないことを、三段論法を使って説明。これは面白い。

存在の国の冒険の旅は続くが、一度結論に近い定義が出る。「生きているから、すべてはある。」がその結論。ところが、冒険の旅はさらに続く。「死後にも世界がある」という仮定。こうなるともう科学とか哲学の問題ではなく、
この存在の国の「いちばん最初の根っこ」とは、私たち人間にとって、「死後の世界の有無」という証明不可能な命題の向こう側に、永遠に封じ込められているわけですから、「いちばん最初の根っこ」を手に入れようとする宗教は、この理性の限界を踏み越えて、「死後の世界の有無」のいずれかに賭けるしかありません。
と、宗教の問題になってしまうという。

とりあえず、哲学の初歩として、分かりやすいと思う。哲学者の考えていることがまとめられていると思うよ。
このところ読む本に関連があったのも、アッシ的には嬉しいし。
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star読みやすく、わかりやすい、存在論
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2007年07月13日

意識とはなにか

『意識とはなにか』を読んだよ。脳という物質の振る舞いが、どうしてこうも悩ませるのか…。

テーマはいつもの「クオリア」。
そして、<あるもの>が<あるもの>であることの同一性の認識がどのようなものであるかを、それを様々な角度から分析する。

まずは、「やさしい問題」と「むずかしい問題」の議論。どんな問題でも、やさしく扱えもするし、むずかしく扱えもする。これが何とも不思議。ところが、「むずかしい問題」は「やさしい問題」の前提条件であると筆者。「むずかしい問題」を封印することで、「やさしい問題」が解決するから。
ここで、「やさしい問題」、「むずかしい問題」とは具体的に何か?という点には触れないよ。本書を読んで欲しい。

あと、「ふり」の議論。これも、「やさしい問題」と「むずかしい問題」の応用編。結局は、「むずかしい問題」の封印なんだけど。

「クオリア」は常に生成されるものだと。「心の考古学」という表現も。小学生の<私>と今の<私>は当然違う。<私>が感じるクオリアは、さまざまなものの関係性によって生成されたものであるから。

分かったような、分からなかったような。でも、イメージとして「クオリア」が頭の中で理解したような…。あ〜、これは完全に「むずかしい問題」だ〜。
意識とはなにか―「私」を生成する脳 (ちくま新書)
意識とはなにか―「私」を生成する脳 (ちくま新書)茂木 健一郎

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starここでいう意識とは?
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