2008年11月25日

無思想の発見

『無思想の発見』を読んだよ。無思想という思想が意外にも凄い思想だった…。

養老先生の本は何冊目だろう。その中でも、硬派の部類に入る本書。日本人の考える思想について淡々と語る感じが、今までにはないかも。ラストの盛り上がりは、いつものようにエキサイトした感じが出ていて、良かったけど。

まずはいきなり世間論。個人なんてなくて、最小単位が世間であると。いきなり、阿部謹也先生風。嬉しいね。だから、自分探しとか流行っているけど、そんなものは無駄。探したってありゃしない。
人が世間のなかで生きるしかないことを考えたら、「他人が見る自分は本当の自分じゃない」で通るわけがないことは、すぐにわかるはずである。むしろ「他人が見る自分こそが自分だ」とすら、いえるかもしれない。
そう、そうやって自分とは創るものなんだと。概念世界より感覚世界を重視せよとも云う。

そして、思想の話。無思想は非常に便利な思想みたい。無思想だから、「自然にそうなった。俺のせいじゃない。」と言いながら、自然になってしまったものに従うという思想。まさに無思想を思想にするわけ。これは面白過ぎるね。
そして、この思想は省エネ思想だという。
「思想なんかない」。そう思っていれば、臨機応変、必要なときに必要な手が打てる。たとえ昨日まで鬼畜米英、一億玉砕であっても、今日からは民主主義、反米なんか非国民、マッカーサー万歳で行ける。
あ〜、無思想というより、なんと無節操…。
そして、どうなるか。「やむなきに至り」となる。現実が思想を圧倒するのだと。
そんな思想はいくら現実に圧倒されてもかまわない。その裏にこそ、真の不倒の思想があるからである。
それが、
「思想なんてない」
という思想である。
と、ちょっと皮肉っぽいし、やっぱり養老先生はニヒルだ。

そして、この無思想は、日本人の特質に現れているとも。例えば、形を重んじること。思想がないから。そう、形は理屈じゃないなんて、日本人なら思うよね。形=現実だとすれば、やっぱり現実は思想を圧倒するわけだ。

と、こんな感じで、無思想の考察が続くわけ。無思想とは数字のゼロと同じだとか、エントロピーに例えたり、人が情報化したことで概念世界が発達した話とか、後半はかなり理系っぽいよ。

最後に養老先生の言葉。「自分が変われば、世界が変わる。」と。こ〜考えると、退屈なんてありゃしないんだよね。
無思想の発見 (ちくま新書)
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star「無思想」の概念を視点を変えることで、説明した本
star無思想という思想
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2008年10月12日

容疑者Xの献身

『容疑者Xの献身』を読んだよ。ミステリーもまた楽し。

東野圭吾は初めて。そのガリレオシリーズでは初の長編モノ。映画も公開されていて、本もかなり売れているみたい。読書メーターでも読んだ人が多数。
TVドラマではたびたび見ていたけど、小説ではどうなるかと興味を持ちながら読み始めるとグイグイ引き込まれて、400頁ほどをあっという間に読了。普通の本なら、1週間は掛かるのに。

ミステリーなので、話の筋は書かないけど、まさに盲点を突くトリックは鮮やか。しかも、話の中の当事者ですら、そのトリックを知らないまま、ラストシーンを迎えるという驚き。

所々に出てくる数学の話題もなかなか良いよ。
「四色問題」について、コンピュータを使った証明は美しくないと語った数学者ポール・エルデシュ。石神はその「エルデシュ信者」であるとか。
「P not= NP問題」(数学の問題に対し、自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうかを確認するのとでは、どちらが簡単か。あるいはその難しさの度合いはどの程度か)が、石神と湯川の間での会話に登場する。この問題は後半にも登場して、重要な考え方になるんだけど。これは、とても数学の問題とは思えないんだけど、逆にいうと、数学は社会のあらゆる局面で応用されているということ。
石神が生徒に微分積分の意味をバイクのレースで例えるのも、その簡単な一例だよね。

さて、アッシの推理。
石神の最終目的は誰にも邪魔されない環境で数学の研究に没頭することだと思っていたんだけど、結局は「献身」だった。これもひとつの愛の形か〜。
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starミステリとしては久々に面白かった。・・・が!!
star理論家だからこその超越した愛がある
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2008年10月11日

活字のサーカス

『活字のサーカス』を読んだよ。本を読むヨロコビはさまざま。

椎名誠が本と読書について綴るエッセイ。旅先で、通勤電車の中で、と、本を読むシチュエーションは様々。

旅先で読む為には、やっぱり文庫本か新書。椎名誠の場合、例えば、一ヶ月の旅なら10冊。その内訳は、翻訳ミステリー3冊、翻訳SF2冊、時代劇もしくは歴史小説1冊、ノンフィクション2冊、軽いエッセイ1冊、古典の名作もの1冊だと。
アッシの場合はどうか?いつもは乱読気味だけど、ミステリーやSFはほとんど読まず。科学読み物や哲学モノが中心。ただ、旅となると、ちょっと軽めを選択するかなぁ〜。普段は読まないミステリーも日常を脱するという意味で読んでみようという気になるかも。と、いうことで、アッシの場合の10冊は、科学読み物3冊、旅行モノ3冊、文学系2冊、評論1冊、エッセイ1冊といったところか。

では、通勤電車の中ではどうか。椎名誠がサラリーマン時代、地下鉄でポケミスを読む女が気になる。もちろん、その女性自身も気になるのだが、何を読んでいるのかがすごく気になる。
ぼくに何か地球破壊的な勇気と決断があったら、そのポケミスの女のところに行って
「いま何を読んでいるのですか?ぼくが最近読んだこの本はものすごく面白いからぜひ読んでみてください。この本はあなたにあげます!」などと言ってしまいたかったのだが、そんなことはたとえ世界が海に沈もうが風にとばされようが自分には絶対できないだろうな、ということもよくわかっていた。
この気持ち、すごくよく分かる。電車の中で人の読んでいる本が気になるし、自分が読んだ本を人に教えたくなるし…。

さて、本を読む喜びとは何だろうね。椎名誠は、電車などに乗って本を読んでいると得した気持ちになると。それは移動しながらもうひとつ別の業務を遂行している、というヨロコビであると。
これにも、まったく同感。アッシ的には人生の時間を無駄には使っていないぞという自己満足的なヨロコビではあるんだけど。
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2008年10月07日

十五少年漂流記

『十五少年漂流記』を読んだよ。分類は児童文学?

ご存知、ジュール・ヴェルヌの少年冒険譚。日本の少年は必ず読んでいると言っても過言ではないかも…。そういうアッシも小学校の時に、文庫本で読んだ記憶があるよ。
『「十五少年漂流記」への旅』に刺激されて、再読ってわけ。30年ぶり?あぁ、もっとそれ以上か…。

ニュージーランドのオークランドから帆船で漂流し、ある無人島に漂着する15人の少年。殆どがイギリス人だけど、フランス人とアメリカ人も。
そして、2年間の無人島での生活。勇気と友情と知恵が満載の物語。勿論、仲間割れなどのトラブルも起きる。それでも、ブリアン、ゴードンなどのリーダーの下で一致団結して2年間を過ごす。
物語のクライマックスは、この無人島からどうやって脱出するかというところだけど、それは読んでのお楽しみということで。

場面の設定や登場人物、そして物語の進行は、なんともドラクエなどに代表されるRPGを見ているよう。あっ、表現が逆だね。ドラクエなどのRPGはこの『十五少年漂流記』をモチーフにしているんだよね。だから、少年たちは夢中になるわけだ。

元々は『二ヵ年の休暇』というタイトルでフランスで上梓。でも、フランスでも、その後英訳されたイギリスでもそれほど少年たちには読まれてないという。英米で人気が無かったのは、ブリアンというフランス人が活躍するからではないかと解説に書かれているけど、物語そのものが英仏の対立を暗示しているような雰囲気も有り、それを米が仲裁するという構図も。

それにしても、8歳から14歳までの少年たちが、何故これほどまでに大人なのだろうと、不思議な感覚。鉄砲を撃ったり、アザラシから油を採ったり、満干を利用して川を遡行したり…。現代の同年代の少年たちに彼らの行動を真似できるかと言うと、非常に疑問。それとも、外国の少年たちには普通の行為なのかなぁ〜?
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2008年10月05日

「十五少年漂流記」への旅

『「十五少年漂流記」への旅』を読んだよ。本と旅のコラボ?

作家・椎名誠が、『十五少年漂流記』の舞台のモデルとなったと予想される島を巡る旅ルポ。所々にそれ以外の場所での面白話を散りばめて、飽きさせない本だよ。

旅の始まりはまず南米チリのパタゴニア。『十五少年漂流記』では、マゼラン海峡の無人島に漂着したことになっているから。そして、『十五少年漂流記』のモデルとなった島はハノーバー島であろうと認識されていたようだよ。
そして、そのハノーバー島に上陸。島内を巡ってみるが、『十五少年漂流記』に書かれている島の様子と異なる景色を確認するわけ。

園田学園女子大学の田辺教授の研究では、『十五少年漂流記』の舞台のモデルとなった島は、ニュージーランドの東860kmの太平洋上に浮かぶチャタム島ではないかとされているよ。そこで、椎名氏一行はパタゴニアからチャタム島に移動し、現地調査。そこで見たものは…。
と、全体の流れはそんな内容なんだけど、途中で割り込んでくる世界中の面白話が更に面白いよ。

ネパールのシェルパ族は星にまったく興味が無いとか、オーロラの下で生活しているアラスカの人々はオーロラにあまり興味がないとか。さらには、モンゴルの遊牧民は花に興味がないという。見渡すかぎりいちめんのエーデルワイスの群生の場面…
びっくりして写真を撮り、この花はモンゴル語でなんと呼んでいるのですか?と同行のモンゴル人に聞いたのだが、誰も知らなかった。
「これは花である」
で終わりだった。
ついでに書くと、沖縄の漁師はサンゴにあまり関心がないとも。
たくさんあっても、まったくないも同然というお話。

さて、本と旅のコラボ?と冒頭に書いたけど、本書で椎名氏曰く、野外での生活ではいろいろなことを集中的に考える…と。そう、その感覚、よく分かる。単独で山を歩く時なんか、特にそうだし。
知らない世界に入り込んでいくと思いがけない思考にひたっていることが多い。それまであまりにありふれて目にしてきたものの要素が激変しているので、それまで気がつかなかったことの大きな意味を突然知ったりする。それはぼくの場合、自分の体験から得ることも多くあったし、それらの本などを読むことによって大きな刺激を受けてきたことも多々あった。
『十五少年漂流記』以外の探検モノの本の紹介も多数有り。また、読みたい本が増えました〜。
「十五少年漂流記」への旅 (新潮選書)
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2008年09月21日

芸術の神様が降りてくる瞬間

『芸術の神様が降りてくる瞬間』を読んだよ。芸術の神様の言っていることは難し過ぎる…。

茂木さんが「ニューロンの回廊」というBS日テレの番組で対談したものをまとめた本。対談の相手は、町田康(作家、ミュージシャン)、金森譲(ダンサー、演出振付家)、山下洋輔(ジャズピアニスト、作曲家、作家)、立川志の輔(落語家)、荒川修作(建築家、コーデノロジスト)の5氏。いわゆる芸術分野で活躍する人たち。

初っ端は、町田康。小説を書くには魂が荒れている必要があると言う。
荒れていると、水が染むこむように音が沁み込むんですね。ツルツルしてコーティングされていると、弾き返しちゃうんですよ。魂がある程度、すさんでいるとは言いませんが表面がザラザラしていないといけない。
…と。じゃ、荒れた魂って何だ?って聞かれるとよく分からないんだけどね。単に屈折しているだけじゃ、荒れた魂にはならないような気がするんだけど…。
で、全体的に、町田康の茂木さんに食って掛かるような物言いが気になるんだけど。

二人目は金森譲。17歳でローザンヌのダンス学校に留学。一人きりの生活で、ひたすら自分と向き合うだけの生活。「何で、心臓は動いているんだろ」とか「体が動いているのは、僕の意思なのか、神の意思なのか」とか考えたとか。一人のプレッシャーってそれだけ強烈なのか…。
プレッシャーの話をもう一つ。プレッシャーが大好きで、そのアドレナリンが出てくる感じがよいとか。茂木さん的には、プレッシャー中毒になった要因として、そのプレッシャーを乗り越えた先に成功体験があったはずだとコメント。さらに、「プレッシャーが遊びの種になっているんだね。」…と茂木さん。

三人目は山下洋輔。この人は、アッシもよく知っている。「でたらめに見える秩序」という考え方が面白いよ。どんなにでたらめにやっているようであっても、本当のランダムは人間には作れないと。さらに、そのでたらめというのは、それまでの規則から外れているだけであって、新たな規則で生成されたものなのだという考え方。うん、これは発想の転換と言うか、元々、人間は規則を見出してしまうもの。これが不思議な感覚なんだよなぁ〜。
リズムだけで俳句は成り立つという会話もしているよ。例えば、
「ちりちとて むろめめくいと こむいらし」
「たつけんみ そほしむらいろ とてんつき」
なんかわからないんだけど、でも、なんか…いい俳句。…と二人。うん、アッシもそう思う。

四人目は立川志の輔。話芸っていうくらいだから、落語家も芸術家なんだろうね。
落語の最後の一番大切な場面で、お客さんの携帯が鳴った時の話に対して、瞬間的な状況判断は、自分を外から見ているような自分がいることでうまくできるのではないかと茂木さんが質問。それに対して師匠は、
ひょっとするとそうかもしれないです。自分よりも外にいる自分を鍛えるのが修行かもしれないですね。<中略>自分の外にいる、客観的に状況判断ができる自分をもう一人養うというか、つくるのが修行かもしれないですね。
と回答。修行の話まで発展するとは。

さて、最後に登場は、荒川修作。この対談は意味不明。荒川修作の言っていることが、アッシにはさっぱり分からず。岡本太郎風「芸術はバクハツだ!!」的発言だし。例えば、
地球上で人間くらい野蛮な生き物はないんだよ。それが証拠に、風に聞いたり、空気に聞いたりしてみろよ。「もうお前たちはしょうがない」って言うから(笑)。
久しぶりに読むのが苦痛…。

それでも、茂木さんのあとがきに書かれていたことで、何とか納得。
自らの成り立ちにおいて多様であれ。そして、容易には理解し得ない、異質な他者を許容せよ。
…と。
芸術の神様が降りてくる瞬間
芸術の神様が降りてくる瞬間茂木 健一郎

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2008年08月19日

ダ・ヴィンチ・コード

『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだよ。久しぶりのミステリー。

遅ればせながら…という感じだけど、お盆休みは気楽に読める長編小説を…と思い、この『ダ・ヴィンチ・コード』。

ストーリーはあまりにも有名なので省略するけれども、この小説の面白さは、ストーリー展開の中に散りばめられた薀蓄(特にキリスト教に関する)にあるような気がするよ。
薀蓄といっても、それはあくまでも真実ということではなく、ひとつの説にすぎないのだけれども。

例えば、「最後の晩餐」に描かれているイエス・キリスト以外の人物について。そして、それらの人物とイエス・キリストの立ち位置の関係から、深〜い意味を読み出していくよ。そうまで、深読みしなくてもいいのでは?って思いもあるんだけど。

そして、キリスト教に関する様々な言い伝え。「マグダラのマリア」の話は、アッシ的には初耳で興味深いよ。こういう話も歴史的な経緯があったり、キリスト教から派生した宗派との対立があったりした中で生まれてきたものなんだろうね。

本書の興味のもう一つは、「暗号」。冒頭では、フィボナッチ数列とか黄金比とかの話が出てくるので数学的なのかと期待したけど、それは無し。ちょっとした話題って感じ。それよりは、暗号を残したルーブル美術館の館長の趣味的な暗号といった方がいいかも。結局、自分の孫へのメッセージな訳だから。

中世ヨーロッパの人々の考え方もよく分かった感じ。阿部謹也先生の本で多少勉強していた成果がこんなところで活かせるとは…。

さて、最後に。小説とは関係ないんだけど、「モナ・リザ」の服装。これまた、最近若い女性が着ている流行の服に似ているような気がするんだけど…。

あ〜、なんだか小説とは関係ない話ばかりになってしまったかぁ〜?
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2008年08月14日

傷つきやすくなった世界で

『傷つきやすくなった世界で』を読んだよ。石田衣良氏は初めて。

駅に置いてあるフリーペーパー「R25」に連載されていたエッセイをまとめたもの。去年だったかたまたま録画したTV番組。何の脈絡もないキーワードを3つほど与えられて、それに基づいて、氏が小説を書くというもの。アッシと同じ年代なのに、若く見えるしオシャレ。アイデアが浮かぶとササッと小説を書き上げる。そんな番組だったかなぁ〜。
それ以来、石田氏の本は気になってはいたけれども、その作品は『池袋ウエストゲートパーク』など、ちょっとオジサン向けではない感じで手が伸びず。

で、本書。エッセイなので手軽に読めるよ。対象がR25だけあって、20代後半男子向け。ただ、女性の読者もかなり意識しているよね。
まさに、現代の若者を生き方を中心に話を進めているけれども、現代ニッポンのあり方そのもののような気もしてくる。同年代のオジサンでも、共感する部分があったから。

例えば、選挙の話。「自分も参加できるエンターテーメントだ」なんて言っているし。若い頃は選挙なんて興味が無かったけれども、この歳になると、何となく気になる。それは、アッシの中でエンターテーメントとして、意識されているからなのかも。若者にもそういう意識でよいから選挙に参加してもらってもよいのだろうね。

あと、日本人の感覚的な問題。
一年が終われば昔のことは水に流すという日本人の時間感覚は素晴らしいね。
と。これには目からうろこ。そうだよなぁ〜。そうやって毎年正月を迎えているんだよなぁ〜。

いじめの問題についても。日本人の恐るべき同質性が、その構成員に同調圧力をかけると言っているよ。これはまさに茂木さんのいう「ピアプレッシャー」だね。誰もが気が付いているということ。同調圧力に付き合いながらも、「全力で自分を守れ」と石田氏。

さて、読み物としては読みやすいし、共感する部分もある。それでも、何だか氏の別の作品を読もうという気にならなかったのは何故だろう。泥臭さというか生身の人間性が伝わってこないような。女性には受けるのかもしれないけど。
傷つきやすくなった世界で (日経プレミアシリーズ 2) (日経プレミアシリーズ 2)
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star石田衣良の世界観を通して、「やわらかな心」を回復できる。
star20代前半(女)の感想
star心にまで格差を持ち込むなという姿勢は共感。

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2008年07月13日

幸せになる力

『幸せになる力』を読んだよ。大人にも読ませたい…。

清水センセーが、主に小学6年生から中学生に向けて、幸せを掴む方法を語り掛ける。今までの清水センセーの著作にはない系統の本だよ。

子供がよく親から言われる言葉「勉強しなさい」はどういうことなのか?勉強すれば、幸せになれるのか?
この命題に対して、この言葉は「応援メッセージ」であると説明する。勉強することは、幸せになるためのひとつの手段であるとも。

勝ち組負け組といった考え方を止めようとも。絶対的な勝ち組なんていないし、なれる訳がない。そんなことに振り回されるのは時間の無駄。世の中は不平等なものだと。

そして、人間の価値について。どんな人にも、その人には、その人だという値打ちがあるのだという。
きみが、今きみとして生きているってことは、ほかのどんな物でも代わりのできない、ものすごく価値のあることなんだ。
と。

最後に、五つの幸せになるために持っていたい力をまとめているよ。その内容は本書を読んでもらった方がいいかも。

最近の子供達は、周りに情報が有りすぎて、それにどっぷり浸かってしまい、そこから取捨選択したり、自分なりに考えることを止めてしまっているのかもしれないね。
つまらない雑音に振り回されることなく、幸せになるための力を身につけること…40を過ぎたアッシのようなオジサンでも実践したい考え方だなぁ〜。
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幸せになる力 (ちくまプリマー新書 78)清水 義範

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star子どもにもそして親にも読んで欲しい本
star著者の祈りに心打たれるのです

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2008年06月28日

死の壁

『死の壁』を読んだよ。『バカの壁』の続編?

人間の死について考える。まずは前提条件。それは、人は必ず死ぬということ。究極の前提条件だよね。

そこで、「なぜ人を殺してはいけないのか」という命題。これは人間中心主義という考え方に問題があるという。人は自然というシステムの一部であるはず。自分の臨床の日すら予言できないのが、人間であると。

そして、「不死」について。
近代化は、人間が自分を不変の存在、すなわち情報であると勘違いしたことでもあるのです。それ以来、実は人間は「死ねない」存在になってきました。
人間が情報化してしまうと、それは不変のものになってしまい、生まれた時の私も今の私も同じだと考えてしまう。そんなことは、有り得ないのにね。

医学的な死についても考察する。生死の境は何なのか。極論なんだけど、骨になったとしても、身体というシステムで繰り返されているサイクル活動は止まっていないものがあるかもしれないという。つまりは、医学的な死については定義できず、社会的な死のみが定義されているだけな訳だ。

話は日本人の死についての考え方に及ぶ。日本人にとって死とは、世間を外れることだという。人間という言葉がまさに「世間の人」を意味している。
その考え方からさらに発展すると靖国問題に辿り着く。世間から外れてしまえば、人ではないのだから、神様としておまつりするのが日本人。中国人は死んでもそいつはそいつだという考え方。
あ〜、解決できるとは思えない。

人命尊重にもユニークな見解。「人の命は地球より重い」という理念について。
その理念がタテマエなのはいうまでもありません。要るかどうかわからない橋を架けるのに、工事関係者は何人も死んでいるのです。車社会になって年間一万人も死んでいるのに、車を無くそうという人は少数派です。
と。言われてみると納得。

死について、こんなに考えさせらる本は初めてかも。それも世間と密接に関連しているなんて。
『バカの壁』の続編というより、養老先生的世間論って言った方がいいかもしれないなぁ〜。
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2008年05月14日

早わかり世界の文学

『早わかり世界の文学』を読んだよ。世界の文学っていうより、清水センセー流文学論。

清水センセーの3つの講演とそれに対する補講という組合せで構成された本。

講義Iは「パロディは文学でつながっている」と題して、パロディ論。
小説家は過去の作品に影響されて、作品を作っていくという。そして、世界の文学作品を例にその説明。ホントだ、過去の影響を受けて書かれただろうと思われる作品が多数。
清水センセーが上げた例として面白かったのは、『ドン・キホーテ』。17世紀のヨーロッパで大流行した騎士道物語のパロディだという見解。そして、その『ドン・キホーテ』のパロディが『男はつらいよ』の「寅さん」。もうひとつ、パロディとは言えないけど、『ロビンソン・クルーソー』の影響を受けて書かれたのが、『ガリバー旅行記』だと。
と、結局、清水センセー、何が言いたいかというと、文学は繋がっているのだと。

講義IIは「読書で学べること」。
要は読書の効用は、いろいろなことが学べること。『ファーブル昆虫記』で論理性を、『坊っちゃん』では社会を学べると。

講義IIIは「作文教室と創作方法」。
清水センセーが長年やってきた小学生対象の作文教室の話題から、文章の上達法までを伝授。さらには創作方法まで。『小説家になる方法』と重なる部分もあったけど。
で、清水センセーのアイディアはどこで生まれるのか。ヒントになる文が以下の引用か…。
つまり、人間のやることを全部見ていて、私は面白いことだなと思っている。面白いなと思うと、次の瞬間、そういうことを書こう、と。
<中略>
せんじつめていけば、人間の面白さを書こうとしているんですよね。

作家先生というものは、幾つかのネタを持っていて、それを組み合わせたりしているんだなぁ〜ということも今回の発見のひとつ。講演記録だから多少はそういうこともあるんだろうけど。
早わかり世界の文学―パスティーシュ読書術 (ちくま新書 712)
早わかり世界の文学―パスティーシュ読書術 (ちくま新書 712)清水 義範

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star文学作品が読みたくなってくる本
starパスティーシュの巨匠が語るパスティーシュ。<セルフ評論>
star著者の読書体験本として、読んだ方がいいです

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2008年04月30日

小説家になる方法

『小説家になる方法』を読んだよ。作家志望じゃないけど。

清水センセーが書き下ろす、かなり本気の本。

前半は清水センセー自身の経験を中心に如何に小説家になったかを述べる。
まずは読むこと。ひたすら読むこと。読まずに小説家にはなれないと。
そして、読むことが書きたい願望に遷移する。模倣から始まり、オリジナル作の発表の場としての同人雑誌作り。清水センセー、謄写盤まで買ったとか。気合い入ってる〜。

ところが、なかなか小説家にはなれない。10年ほどのサラリーマン生活の間に新人賞に応募したり、多少の原稿依頼があったりと、本当の小説家にはなれない。

きっかけは、「書きたいものを書いた時」だったという。それがパスティーシュという分野だったと。
わかるような気がする。編集者に言われて書かされるのと、自分から書きたいと思ったものを書くのでは、モチベーションが違うよね。

後半は具体的なノウハウ。冒頭にも書いたけど、作家志望じゃないから読み流したけど、比喩のノウハウは参考になったよ。
あと、小説家も意外に普通の生活をしているということも。

最後に。単に有名人になりたいとか、金持ちになりたいとかという理由で小説家を目指すのは間違いであると、清水センセー。
お手軽モード全盛の今の世の中。一筋縄でいくわけがないのは、どの世界も同じだよね。
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2008年02月29日

見える日本、見えない日本

『見える日本、見えない日本』を読んだよ。養老先生が阿部謹也先生と対談していた〜。

地元公共図書館のサイトで「阿部謹也」で検索したら、本書がヒットしたよ。ラッキ〜って感じ。
副題に「養老孟司 対談集」とあるように、養老先生と各界著名人との対談集。アッシの気になる対談者は、藤原センセーと阿部謹也先生。

まずは、藤原センセー。数学は美的感受性とアナロジー(類推)だとか。岡潔先生の話も出てくる。藤原センセー曰く、
岡潔先生は、日本人が数学に強いのは俳句のせいだと言われます。五七五から、世界を宇宙を想像する。そういう習慣が小さいときからついていて、想像力が発達しているのだと。
と。想像力もそうだけど、凝縮の美しさも俳句にはあるんだろうなぁ〜。そして、その想像力がアナロジーに繋がっていく。
ヨーロー先生曰く、
アナロージーが、子供のときから鍛えられているのですね。
と。

そして、阿部先生。まずは世間論。「○○が好きですか?」という問いに対し、「個人的には」と前置きが付くことが多いよね。それに対し、
その場で自分の好みを言ってよいかを考え、枠の中でしか発言できないんです。
と。赤面恐怖症も、世間に対して緊張するからだとか。つまりは、世間に期待されている役割を演じなくてはならないからと。
そして、教養論。
農民や漁民は自分が社会とどうつながっているかを知っていますが、サラリーマンにはその実感がない。だから、○○大学卒とか一部上場といったことで不安を紛らわすわけです。
だから、本当の教養は農民や漁民の方が蓄積が大きいと。これは先生の持論だったね。
いじめ問題にも言及する。いじめ問題の解決方法は、学校に行かなくても生きていける道を作るしかないと。
親は「学校なんかに行かなくてもよい」ということがはっきり言えない。<中略>世間の構造がわかれば、説明できる。説明すれば子どもはわかるし、子どもが理解すれば共闘もできるんです。

アッシ注目の二人の対談だけ取り上げたけど、都会は「意識の世界」、田舎は「無意識の世界」だとか、意識の世界では「あ〜すれば、こ〜なる」だとか、死体はモノかヒトか?といったヨーロー先生の持説がアチコチに散りばめられているよ。
あ〜、『超バカの壁』も読まなくちゃ〜。
見える日本、見えない日本―養老孟司対談集
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2008年01月25日

包帯クラブ

『包帯クラブ』を読んだよ。若々しい気分に、そして自由な気分になれるかも。

ある地方都市を舞台に、女子高校生を中心に繰り広げられる個人的な活動の報告書…という形で物語が始まる。
登場人物はすべてカタカナのあだ名。勿論、本名はあるけど。そして、その命名がいかにも高校生っぽい。っていうか、中学生並みかも。

「傷ついた心を包帯で巻くことによって、手当てをする。」
難しい言葉でいうと、そういうコンセプトで活動するのが主人公を中心としたグループが“包帯クラブ”。
その前身は主人公たちの中学時代の“方言クラブ”。全国の方言を駆使して会話する。だから、あちこちに方言が使われているよ。そして、物語の後半にも、話を解読されないようにと、方言が使われる場面も。

さて、包帯を巻く要因。いかにも高校生らしい心の傷つき方。その縁のモノに包帯を巻くことに彼らは集中する。

途中で挿入される関連の人々のコメントがよい。物語が終った後の逸話を語るから、それらをイメージしながら本文を読む。これからどうなるんだろ…という好奇心を満たしてくれる。

今の高校生の考えていることと自分自身の高校時代、自ずと比べながら読んだけど、今の高校生は大人になっているなぁ〜と感じた一冊でした〜。
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2007年12月23日

日本人の矜持

『日本人の矜持』を読んだよ。藤原先生は久しぶり〜。

副題に「九人との対話」とあるように、藤原先生の対談をまとめたもの。

相変わらず、国語力の向上については力説。対談相手もすべての人が同意。アッシもそう思うし。新たなキーワードも出てくる。我慢力。脳の持久力をつけるための読書なども我慢力向上のひとつ。
何度も書いているけれども、考えることを放棄してはダメ。考えた量、時間が、仕事の成果に反映するんだろうと思うよ。

五木寛之との対談では、大陸からの引き上げの話が興味深いよ。戦後に引き上げの話を書いた人がほとんどいない理由とか。当事者の五木寛之も書いていないし、新田次郎も書いていない。この対談でその理由が分かる気がするよ。

そして、あちこちの対談で出てくるのが、イギリス、アメリカ、日本の違いについて。最近、格差社会なんていう言葉が流行っているけど、イギリスやアメリカは完全な格差社会。イギリスの労働者階級は政治にはまったく興味がない。オックスフォードやケンブリッジなんて自分たちが行くところではないと思っている。ところが日本は違うよね。一応、東大には憧れはあるわけで、お勉強ができれば行きたいと思っている。
イギリスとアメリカもかなり違うと。アメリカは戦略・戦術の国だと。
で、何が言いたいかというと、日本人に祖国愛がないと国が滅びると。一部の人間だけに愛国心があればよい欧米とは違うと。

さて、タイトルにある「矜持」という言葉。アッシは初めて聞く言葉。プライドとか誇りとかいう意味だとか。アッシ的には日本人としての誇りを持って生きているつもりだけど。
日本人の矜持―九人との対話
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2007年12月16日

「日本人」という病

『「日本人」という病』を読んだよ。河合隼雄の日本人論。

河合隼雄の幾つかの講演記録を一冊にまとめたものだよ。

「震災後の復興体験」では、震災直後に暴動や略奪が起きなかったのは何故か?などをテーマに日本人の考え方がよく分かるよ。日本人はそれが当たり前だと思っているから、そういう疑問すら起きないけど、外国から見るとそれが最も不思議らしいよ。

「個性」の話。欧米人は「分ける」という考え方。これは人間の意識を明確化する。それが自然科学の合理性の結びつき、20世紀の進歩があったという。
それに対し、日本人は「融合」という考え方。だから、パッと切り捨てることができない。相談するから合理的な結論が出難い。良い悪いの問題ではないけれども。

そして、「イエ」の問題。漢字で書くと「家」だけど、読み替えると「世間」だ。
敗戦を契機として日本人は「イエ」を失い、だんだん個人主義的になってきたが、それはキリスト教抜きに輸入しているので、個人を支える「神」がいないという状況になった。そこで、日本人は意識的・無意識的にその支えを求め、結局のところ本来の家族とは別に「擬似イエ」を作り出すことになった。その典型的なものが「会社」である。
これは、まさに「世間」だよね。ところが、この「擬似イエ」も絶対的なものではなくなってきた。だから、「擬似イエ」の行動規範が通用しなくなってくる。それが利己的な行動をする日本人を生み出すことになったという。

あ〜、阿部先生と河合隼雄氏の対談があったらなぁ〜。
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2007年11月25日

流れる星は生きている

『流れる星は生きている』を読んだよ。壮絶なる満州引き上げの記録。

作家・新田次郎の夫人、そして数学者・藤原センセーのご母堂である藤原てい氏の有名なこの作品をようやく読んだよ。新田次郎の作品も藤原センセーの作品も好きだったから、その背景として読んでみようと以前から思っていたから。

ところが読んでみると、そんな背景なんてどうでもいい。この作品自体が凄いことになっている。

物語は新京からの引き上げから始まる。夫との別れ、そして3人の子供を引き連れての移動。もうここだけでも、十分な苦労が伝わってくる。

列車に乗って宣川という北朝鮮北部の町に移動。ここで約1年を過ごす。夫との再会もあったが、すぐにシベリアに行ってしまう。その間に、何人もの人が死亡。その死に様は様々。発狂する人も。子供たちの病気、金銭を得るための商売、集団生活での葛藤など。

そして、38度線へ向けての移動。平壌の先までは汽車に乗ったが、そこから先は徒歩。お金を使って牛車に乗ったりしたが、山道は歩くしかない。子供たちはそうそう歩けるものではないので、何度も弱音を吐く。叱咤激励しながら、山を越え、川を渡る。そして、ようやく38度線を越える。

38度線を越えても、人間とは何かを考えさせられるような事件が多発。そして、故郷へ。
最後に引用。3人の子供たちが兄弟たちに引き渡された後のシーン。
私は両親に両方から抱きかかえられるように支えられて霧の町を歩いて行った。
「これでいいんだ、もう死んでもいいんだ」
生きる力の源泉はここにあったのか。
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2007年10月28日

雑学のすすめ

『雑学のすすめ』を読んだよ。清水センセーのお勉強エッセイは、どこまで続くんだぁ〜。

Webサイトで連載されていたものを、一冊にまとめたもの。雑学の範囲は多岐に渡っているけれども、相変わらずイスラム教国を巡る世界史の分野は多いよ。

「ピラミッドの謎」では、なぜピラミッドが崩れないのかを力学的に説明しているよ。そうだよなぁ〜、ただ積んだだけなら、すぐに崩れること必至だよなぁ〜と考えると、新たな視点で、これは面白かった。

「名前の起源あれこれ」も面白い。外国人の名前だけど。
誰々の息子(あるいは娘)といった意味の姓が多いと。
たとえばイングランドでは、名前にsをつけると、××の息子、もしくは××家という意味になる(まれに、××の雇われ人、という意味の時もある)。
ウィリアムズ、はウィリアムの息子という意味だ。同様に、アダムスはアダムの息子、ジョーンズはジョンの息子の意味だ。
son、senを付ける場合もあるとか、ジョンソン、ジャクソン、アンダーソン。ハンセン、ヨハンセン。アッシが勝手に思ったのは、ニクソンもそうか?
ドイツでは、sohnがそうだとか。メンデルスゾーン。ひぇ〜、驚き。

長くなるけど、もう一丁。「パロディーの効用」も面白い。結論から言うと、どんな文学作品も模倣により発展してきたものだと。
本書に出ている実例。『世界周航記』→『ロビンソン・クルーソー』→『ガリヴァー旅行記』→『十五少年漂流記』→『蝿の王』→『バトル・ロワイヤル』。
なるほどねぇ〜。

本書はWebサイトでの連載をまとめたものって書いたけど、最後の話は書き下ろし。それが「我が郷里、名古屋の面白さ」。名古屋人が排他的だといわれる理由を考察しているよ。これも興味深いので、是非ご一読あれ。
雑学のすすめ
雑学のすすめ西原 理恵子

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2007年09月25日

ある漂流者のはなし

『ある漂流者のはなし』を読んだよ。人間の生きる力とは…。

2001年の夏、長崎県から銚子沖まで、小さな漁船で37日間漂流した武智さんのドキュメント。

それにしても、壮絶な漂流記。漂流記と言えば、大黒屋光太夫の話を思い出すけど、こちらは現代。しかも単独。
って言うか、壮絶でない漂流記なんて考えられないけど。

やっぱり、漂流の苦しさは水だよね。漂流の後半は水の話ばかり。海水を沸かして、蒸気を舐めたりの創意工夫をする。でも、最後はその気力もなくなるんだけど。
海が時化たのに、雨が一滴も降らなかったというのも不思議な感じ。素人的には、海が時化るのは台風とか嵐っていうイメージがあるから。

武智さんの人生も平行して語られる。漂流中は色々なことを考える。自分の人生を振り返る。普通の生活をしていれば、そんなことは考えないんだろうけど。

そして、今の武智さん。漂流のことは何も思い出さないと言う。これもまた不思議な感じ。自分のこととして捕らえられないくらい、壮絶な37日間だったということなのかなぁ〜。
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2007年09月08日

春宵十話

『春宵十話』を読んだよ。数学者はエッセイがお好き?

数学者・岡潔のエッセイ集。1963年に刊行された単行本の文庫版で復刊したもの。

筆者の「教育は情緒である」という考えが本書で貫かれているように読めるよ。情緒は人間にしかない。しかしながら、戦後の教育は人間性を育てずに、動物性の面ばかりを育てているという。「きょうの情緒があすの頭を作る」とも。
そして、いまの教育に対する不安を、
二十歳前後の若い人に、衝動を抑止する働きが欠けていることである。抑止の働きは大脳前頭葉の働きで、大脳前頭葉を取り去ってもなお生命は保てるが、衝動的な生活しか営めない。試験のときでも、意味も十分にわかっていないのにすぐ鉛筆をとって書き始めるなどは衝動的な動作だ。
と述べているよ。
冒頭に書いたけど、これが1963年。今から40年以上前なのに、今でも通用する言葉。まったく古くなっていないのがすごく不思議な感じだよね。その頃からそういう傾向が始まっていて、岡先生はそれに早くから気が付いていたっていうことなんだろうね。

そして、小学校教育についての私見。
だいたい小学校は道元禅師の「たとえば器に水を移す如くすべし」の時期である。文化に対する親和力を養うべき時なのであって、いわばすべてをとり入れるのである。次に批判でなく玩味をさせるのである。玩味とは長所に目を注ぐことである。欧米に対するいわれのない劣等感は、この時期にちゃんとやっていないのに由来するように思える。つまり学ぶべき時期に学んでおかなかったから、季節はずれにまねてばかりいることになるのである。
これは、まさに藤原正彦氏の教育論の原点のような。どうも数学者というものは、論理よりそれ以前の大元を重要視するんじゃないかなぁ〜って思えてくる。

最後にもうひとつ引用。
よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うということだけのことである。
岡先生も、春のスミレちゃんがお好きなようで…。
春宵十話 随筆集/数学者が綴る人生1 (光文社文庫)
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star情緒の数学者
starたまには心の森林浴みたいに、こうした本を読むのもいいかな
star透徹した心眼で書かれた随筆

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2007年08月26日